コリント人への手紙第二9:8-11--恵みが溢れている人生

「恵みが溢れている人生」という記事のタイトルを読んだとき、あなたは何を考えたでしょうか。

神様から与えられた恵みを考えたでしょうか。もちろんこの記事で、そのことについても私は書きますが、それだけについてではありません。

パウロはこう書きました。

神はあなたがたに、あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります。あなたがたが、いつもすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれるようになるためです。(8)

私は、この個所が大好きです。パウロによれば、神様は私たちに恵みを溢れるばかりに与え、私たちのニーズに備えることが出来ます。でも、その恵みを豊かに与える目的は何でしょうか。それは、私たちがすべての良いわざに溢れるためです。つまり、私たちは受けた恵みによって、周りの人々に恵みを豊かに与えることが出来るということです。

そして、パウロは詩篇112篇を引用します。

「彼は貧しい人々に惜しみなく分け与えた。彼の義は永遠にとどまる」と書かれているようにです。(9)

どうしてか分からないけど、この言葉を以前に読んだとき、パウロがイエス様について話しているのだと思いました。もしかしたら、私はその個所でエペソ書4:8を連想したかもしれません。

でも実は、その詩人は義人とその寛大さについて話します。その人は主に信頼するので、未来を恐れません。だから、その人は惜しみなく貧しい人を助けるし、良いわざに溢れます。

だからパウロは続けます。

種蒔く人に種と食べるためのパンを与えてくださる方は、あなたがたの種を備え、増やし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、すべてを惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して神への感謝を生み出すのです。(10-11)

要するに、私たちは、神様が私たちのニーズに備える確信を持つことが出来ます。さらに、私たちが周りの人々にお惜しみなく与えるようになるほどに、神様が私たちの財源を増し加える確信を持ちます。

でも私たちは、自分の経済に関して、本当に神様に信頼するでしょうか。私はそのことをまだ学んでる途中です。

その詩篇112篇の義人のようになりたいです。私の人生に神様の恵みが溢れるように祈ります。でも、その恵みを自分のために持ちたくないです。むしろ、その恵みにあふれて、周りの人々に触れて祝福したいです。そして,私の人生のゆえ、彼らが神様に栄光を与えるように望みます。

あなたはどうですか。あなたの人生は恵みに溢れているでしょうか。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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