コリント人への手紙第二2:14-16--いのちに至らせる香り、死に至らせる香り

私たちはクリスチャンであるがゆえに、すべての人々から愛されるということにはならないものです。イエス様は完全な人だったけど、彼を嫌う人もいました。どうしてでしょうか。

イエス様から出た香りのためです。

この個所では、パウロは興味深いことを言います。

しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちをキリストによる凱旋の行列に加え、私たちを通してキリストを知る知識の香りを、いたるところで放ってくださいます。私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神に献げられた芳しいキリストの香りなのです。滅びる人々にとっては、死から出て死に至らせる香りであり、救われる人々にとっては、いのちから出ていのちに至らせる香りです。このような務めにふさわしい人は、いったいだれでしょうか。(14-16)

パウロの描写では、ローマの将軍が勝利のパレードで自分の軍隊を導くことです。彼らの後ろに祭司たちは香りのある香を道路に撒きました。

勝利をお祝いする人たちにとって、その香りは命と勝利の匂いでした。でも捕虜たちにとって、その香りは自分の死の香りでした。

そのように、私たちは祭司として、私たちの将軍について行って、その十字架の勝利をお祝いします。そして、私たちがキリストを知る知識の香りを放つとき、救われる人にとって、つまり、私たちのメッセージを聞いて信じる人にとって、私たちは最終的な勝利と命の香りです。

でもほかの人たちが私たちのメッセージを聞くと、彼らにとって、私たちは死の匂いです。どうしてでしょうか。私たちは彼らの罪を指摘し、その罪がどこに導くか教えますから。つまり、その罪は地獄に導きます。

彼らはそのメッセージが嫌いです。彼らは自分の罪の悪さを認めたくありません。彼らは自分の罪のために裁かれることを聞きたくありません。だから彼らにとって、イエス様は死から出て死に至らせる香りです。さらに、イエス様が私たちのうちにいるので、私たちからも、同じ香りが出ます。

私は、有名な宣教師ジム・エリオットの言葉が大好きです。

「天のお父様、私が危機に至る人間になるように。つまり、人々が私たちに出会うと、彼らがあなたに関して決断しなくてはならないように。私がただの一つの道路の距離を示す標識にならないように。むしろ、私が分かれ道になるように。人々が私のうちにキリストに出会うと、彼らは神様に近づくか、神様から離れるかの選択をしなくてはならないように。」

あなたはどうですか。人々があなたに出会うと、キリストの香りを匂わせるでしょうか。また、彼らはあなたのうちにいるイエス様に出会うと、イエス様に従うか、イエス様を拒絶するかの選択をしなくてはならないでしょうか。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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