コリント人への手紙第一15:35-55--私たちがイエス様をぼんやりと反映するけど

私はこの個所を思案すればするほど、私たちがどんなものになるかに感動します。

私たちの体は朽ちないものになります。また、死なないものになります。私たちの体は病気にならないし、怪我しません。

さらに、パウロはこう言いました。

私たちは、土で造られた人(アダム)のかたちを持っていたように、天に属する方(イエス様)のかたちも持つことになるのです。(49)

パウロによれば、私たちの新しい体はイエス様のかたちを持つことになります。そして、イエス様が神様のかたちであるので(コロサイ1:15)、今よりも私たちは神様のかたちを持つことになります。

アダムの子孫として、私たち皆はアダムの欠点を持っています。嫉妬。欺瞞。苦々しい思い。怒り。憎み。罪。それらのものによって、私たちにある神様の似姿はゆがんでいます。だから、私たちが今持っている体は、神様をぼんやりと反映します。でも新しい体を受けると、私たちは天使よりも、神様の似姿をさらに反映します。

だからヨハネはこう言いました。

しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。(第一ヨハネ3:2)

でも、私たちの持っている体を軽蔑しないでください。

パウロはこう書きました。

また、天上のからだもあり、地上のからだもあり、天上のからだの輝きと地上のからだの輝きは異なり、太陽の輝き、月の輝き、星の輝き、それぞれ違います。星と星の間でも輝きが違います。(40-41)

つまり、神様が造ったものは、それぞれの輝きを持っていることです。

私たちの体は、不完全なものでも、朽ちるべきものでも、自分の輝きを持っています。

目のことをちょっと考えてみてください。いろんな部分は一緒に働いているので、私たちは見ることが出来ます。

私たちの耳も素敵なデザインをもっているので、私たちは聞くことが出来ます。

どのように私の脳が私の指と働くかを考えてみてください。私は何かを考える瞬間、私の指はキーボードを打ちます。

私たちはそんなことが当然なことだと思うけど、実はそれはとても不思議なことです。

もちろん、私たちの体は不完全なものです。でも、私たちを変えるのに、神様は私たちが新しい体を受ける日まで待っていません。

むしろ、パウロはこう言います。

私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。第二コリント3:18)

だから、私たちの将来の体だけを喜ばないでください。今の体の輝きをも考えてください。今でも、ぼんやりと反映しても、私たちの体は神様の栄光を反映します。だから周りの人々にその栄光を反映するように努めましょう。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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