コリント人への手紙第一15:8-10ーー無駄な恵みではない

あなたは自分自身をどんな人物と思いますか。

パウロはどのように自分自身を見なしたか、とても興味深いです。彼はクリスチャンになると、自分の名前を「サウロ」から「パウロ」に変えました。パウロとは、「小さい」という意味です。

彼は「へブル人の中のへブル人」でした。彼はかつてパリサイ人でした。クリスチャンになる前、彼らは自分の立場と履歴を誇りました。でもイエス様に出会うと、彼は謙遜になりました。彼は神様に仕えていたと思ったけど、実は、彼は神様を迫害していたことが分かるようになりました。パウロは、自分が正しい人ではなく、むしろ殺人者であることが分かりました。

この個所では、パウロは自分自身を「月足らずで生まれた者のような人」と呼びました。つまり、彼は死産児のようでした。

彼の過去のゆえに、パウロは自分自身を「使徒の中では最も小さい者」と呼びました。また、「私は使徒と呼ばれるに値しない者」だと言いました。

あなたは、自分自身について同じような意見を持っているかもしれません。あなたは、自分自身を取るに足りない人と見なすかもしれません。あなたが生まれなければ良かったのに、と思うかもしれません。

でもパウロは続けました。

ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは無駄にはならず。。。(10)

パウロが意味したものは何でしょうか。

パウロの過去にもかかわらず、神様は彼を受け入れたし、神様の恵みによって彼は変わりつつあることです。神様はパウロのことを決してあきらめませんでした。

私たちはその真理を覚えていなくてはなりません。あなたの過去にもかかわらず、また、あなたの現在の状態にもかかわらず、神様はあなたをありのままで受け入れます。あなたの罪と失敗にも関わらず、神様はあなたを受け入れます。それに、神様はあなたを罪深い状態に放置しません。むしろ、神様はあなたの罪を清め、神様の計画に応じて、あなたを形成し続けます。

では、私たちはどのように反応するべきでしょうか。感謝と謙遜をもって反応するべきです。

パウロはこう書きました。

私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。働いたのは私ではなく、私とともにあった神の恵みなのですが。(10)

パウロの感謝のゆえに、彼は心を尽くして神様に仕えたいと思いました。それでも、パウロは自分の業績を自慢しませんでした。パウロは、神様がパウロを用いることを選ぶことがパウロに対する恵みと分かりました。神様には、パウロを用いる必要がありませんでした。パウロは汚く、壊れた器だったけど、神様は自分の栄光のために彼を用いました。

あなたはどうですか。自分自身をどのように見なすでしょうか。パウロはのように、「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは無駄にはならず」と言えるでしょうか。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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