コリント人への手紙第一12:31-13:3--私たちはどのように霊的な賜物を使うべきか

これは聖書の中で、最も有名な個所の一つです。この個所は愛についてですけど、パウロは特に結婚や恋愛関係について話しているのではありません。むしろ、パウロはそこまでの話をまとめています。つまり、私たちの賜物は、教会を分裂するためではなく、教会を成長させるためであることです。だから、この個所では、パウロは、私たちがどのように賜物を使うべきかを教えています。

パウロはその賜物の使い方を「はるかにまさる道」と呼びます。

彼はこう言いました。

たとえ私が人の異言や御使いの異言で話しても、愛がなければ、騒がしいどらや、うるさいシンバルと同じです。たとえ私が預言の賜物を持ち、あらゆる奥義とあらゆる知識に通じていても、たとえ山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、私は無に等しいのです。たとえ私が持っている物のすべてを分け与えても、たとえ私のからだを引き渡して誇ることになっても、愛がなければ、何の役にも立ちません。(1-3)

簡単に言うと、私たちは世の中で最も素晴らしい賜物をもったり、自分自身を犠牲にしたり、すべての持ち物を貧しいものに与えたりすることが出来るけど、神様に対する愛、また、ほかの人々に対する愛を持っていないなら、それらは無意味です。

多くの人々は神様様とほかの人々に対する愛のためではなく、自分のプライドのために賜物を使ったり、自分自身を犠牲にします。彼らが求めるのは、人からの誉れです。

でもそのプライドによって、彼らは、ほかの人とその賜物に嫉妬します。または、彼らと同じ賜物を持っていない相手を見下します。

その結果は、偽善者に満ちた分裂した教会です。その賜物の使い方は、神様を喜ばせません。

私たちの賜物は相手に対する愛の表現であるはずです。愛を持っていないと、私たちの賜物の使い方は間違っています。

あなたはどうですか。どのように賜物を使っているでしょうか。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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