コリント人への手紙第一11:26-34--イエス様の死を告げ知らせること

パウロが現代の教会に来るとしたら、彼はどう思うか、私は疑問に思います。

特に、パウロは、ノン・クリスチャンが聖餐式に参加することを見ると、どう思うでしょうか。

ある教会は、ノン・クリスチャンが聖餐式に参加することを禁止します。ほかの教会(私の教会も)は、そのことを許します。

もしタイムスリップが出来たら、新約聖書の時代に行って、教会で誰が聖餐式に参加するかを見たいと思います。それはクリスチャンだけですか。ノン・クリスチャンも参加したでしょうか。

なぜなら、14章では、パウロはノン・クリスチャンたちが教会に来る可能性について話していましたから。

それに、今日の個所で、パウロはとても興味深いことを言います。

ですから、あなたがたは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、主が来られるまで主の死を告げ知らせるのです。(26)

興味深いのは、「告げ知らせる」という言葉です。新約聖書の著者たちは、その言葉を使うとき、ほとんどの場合、イエス様のこととその福音を告げ知らせることについて話します。この個所でも、パウロは「告げ知らせる」という言葉を同じ方法で使います。聖餐式をするとき、私たちは福音を人々に告げ知らせています。

でも誰に福音を告げ知らせているでしょうか。私たち自身に?その可能性もあります。なぜなら、私たち皆は時々、福音の乳が必要ですから。

でも、もしかしたら、パウロは、ノン・クリスチャンも聖餐式に参加することを認識したかもしれません。だから聖餐式をするとき、私たちはもちろんイエス様の十字架の御業を覚えています。でも、それだけではなく、私たちはノン・クリスチャンにイエス様の死を告げ知らせています。

私たちは彼らにこう言っています。「イエス様はあなたのために死にました。あなたの罪が赦されるために、また、あなたが新しい命を得るためにイエス様は死にました。私たちはあなたにイエス様を信じる機会を与えます。あなたはどうするでしょうか。」

パウロによれば、彼らがパンを食べ、ぶどう酒を飲むけど、イエス様を信じることを拒むなら、どうなるでしょうか。

したがって、もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。(27)

どうしてでしょうか。なぜなら、彼らは福音を聞いたけど、その福音を拒絶したから。

でも、私は、はっきりと言わなくてはいけないことがあります。パウロがそれを言ったとき、ノン・クリスチャンについて話していませんでした。パウロは、貧しいクリスチャンを軽蔑するクリスチャンについて話しています。彼らのふるまいによって、彼らは聖餐式を汚しました。

だから32節で、パウロは悪い態度を持ちながら、聖餐式に参加するクリスチャンの懲らしめと、イエス様を拒絶するノン・クリスチャンの裁きを分別します。パウロは、そのクリスチャンの救いを疑わずに、むしろ彼らを兄弟と呼び続けます。

だから、パウロのもとの意味はこうです。「自分自身を吟味しなさい。聖餐式に参加するとき、良い態度を持ちなさい。あなたたちが主の懲らしめを受けないように、自分の兄弟たちを正しく扱いなさい。もし兄弟たちに罪を犯すと、あなたたちは主のからだと血に対して罪を犯すことになります。」(27-34)

ちょっと不思議なことだけど、パウロはノン・クリスチャンが聖餐式に参加できるかどうか決して話しませんでした。もしかしたら、彼はその参加の禁止が当たり前だと思ったかもしれないから。それとも、もしかしたら、パウロはその参加が大したものではないと思ったかもしれません。

でも、教会がノン・クリスチャンの参加を許そうと思うなら、理解しなくてはならないことがあると思います。それは、聖餐式するときに、ノン・クリスチャンの参加を許すと、私たちは彼らにイエス様を信じるように招待しているだけではなく、彼らに警告しているということです。

私たちは彼らにこう言っています。「福音とは、イエス様があなたの罪のために死にました。イエス様を通して永遠の命を得ることができます。イエス様をあなたの主として受け入れませんか。」

それを聞いて、信仰を持ち、パンを食べ、ぶどう酒を飲むノン・クリスチャンは救われます。でも不信を貫く人は基本的にこう言っています。「私は、イエス様が私のために何をしてくださったか分かります。でも私はイエス様を拒絶し、聖餐式によって、自分自身に対するさばきを食べ、また、裁きを飲みます。」(29)

ようするに、ノン・クリスチャンは聖餐式に参加するとき、彼らは、「私は兄弟たちをどのように扱うか」と訊かずに、「私はイエス様を受ける入れるか」と訊きます。

だから、もしかしたら、ノン・クリスチャンが聖餐式に参加することを許すなら、私たちは彼らに挑戦するべきかもしれないです。「イエス様はあなたの罪のために死んでくださいました。あなたはどうしますか。」

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: コリント人への手紙第一, パウロの書簡, 新約聖書 タグ: パーマリンク

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