コリント人への手紙第一6:12-20-キリストにある自由に関する間違っている考え方

パウロの書簡の中で、一つのテーマは、私たちが律法から自由されていることです。私たちは律法の下にはなく、恵みの下にあるのです。でも現代の人たちと同じく、パウロの時代の人々はその教えを曲げました。

コリント人たちはあえて罪を犯して、互いに傷つけ合ったので、パウロは彼らを叱責しました。パウロは彼らにこう言いました。

あなたがたは知らないのですか。正しくない者は神の国を相続できません。思い違いをしてはいけません。淫らな行いをする者、偶像を拝む者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒におぼれる者、そしる者、奪い取る者はみな、神の国を相続することができません。(9-10)

コリント人たちはどのように反応したでしょうか。彼らはこう言いました。「でもね、パウロ。あなたは、「すべてのことが私には許されている」と言ったでしょう。だから罪を犯してもいいんじゃないですか?やっぱりこれは私の人生でしょう?」

でも、パウロは答えました。「すべてのことが許されているかもしれないけど、すべてが益になるわけではありません。」(12)

8章では、私は一つの例を見ます。偶像にささげた食べ物を食べるのは罪ではないけど、あなたの兄弟がそれを見てきっと躓いてしまうことを知っているなら、あなたはそんな食べ物を食べてはいけません。あなたがその食べ物を食べることは、兄弟には益がないからです。

パウロは続けます。「すべてのことがあなたに許されているけど、あなたはどんなことにも支配されてはいけません。特に、罪に支配されてはいけません。」(12)

ローマ人への手紙で、パウロはさらに説明します。

あなたがたは知らないのですか。あなたがたが自分自身を奴隷として献げて服従すれば、その服従する相手の奴隷となるのです。つまり、罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至ります。(ローマ人への手紙6:16)

多くの人は、最初は罪を犯すことを選ぶけど、結局その罪の奴隷になってしまいます。飽食は一つの例です。ポルノはもう一つの例です。人々はあえてその罪に耽るけど、自分の行動をコントロールできなくなったと急に分かるようになります。

お医者さんが彼らに「体重を減らさなくてはならない。そうしないと、必ず心臓発作を起こすでしょう」と警告しても、彼らは食生活を変えることが出来ません。

または、結婚関係が大変になっても、ポルノをやめられません。

あるコリント人たちはこう言いました。「でも、神様の御心は私たちが食べることです。だから私たちに胃袋を与えてくださいました。また、神様は私たちを性的な被造物として造りました。そのニーズを満たすように私たちが造られました。どうしていろんな制限が必要でしょうか。」

でも、パウロが答えたのは、私たちがもちろん胃袋を持っているし、性的な被造物だけど、そのニーズを満たすのが私たちの主な目的ではないことです。私たちは単に自分のために生きるために造られませんでした。私たちは自分自身を喜ばせるためだけに造られませんでした。パウロはこう言いました。

「食物は腹のためにあり、腹は食物のためにある」と言いますが、神は、そのどちらも滅ぼされます。(13a)

ようするに、食べ物や腹は永遠のものではなく、一時的なものです。だから、私たちは単に自分の腹を満たすために造られませんでした。

パウロは続けました。

からだは淫らな行いのためではなく、主のためにあり、主はからだのためにおられるのです。(13b)

つまり、罪を犯すためではなく、むしろ主を喜ばせるために私たちが造られたのです。私たちは、主の宮になるために造られました。そして、私たちを買うためにイエス様は十字架で大きい代価を支払いました。

パウロはこう書きました。

あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。(19-20)

キリストにある自由は、私たちが自分のために生き、罪に耽ることではありません。むしろ、キリストにある自由は、私たちを滅ぼしていた罪から自由にされることです。だから、私たちは神様からの罰を恐れる必要がありません。むしろ、神様が私たちを愛して、聖霊様が私たちのうちに住んでおられることを知って、歩むことが出来ます。そして、私たちが造られた目的を満たします。それは、私たちは神様を愛し、敬い、栄光をささげることです。

あなたはどうですか。あなたはどのように自分の自由を用いるでしょうか。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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