コリント人への手紙第一1:26-31--自慢する余地がない

神様の「愚かさ」を描写するため、パウロはコリント人の教会を指します。

もしあなたが神で、たくさんの人々を救いたいと思うなら、金持ちや、権力者たちや、賢い人たちを先に救おうとするのではないでしょうか。なぜなら、彼らはたくさんの人たちに影響を与えられるから。でも、パウロはコリント人たちに関して、こう言いました。

兄弟たち、自分たちの召しのことを考えて見なさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるためにこの世の弱い者を選ばれました。あるものをないものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。(26-29)

もちろん、パウロは神様が知者や、力ある者たちや、身分の高い者たちを全然救わないことを意味しません。パウロは、教会にそんな人が全然いないと言わずに、そんな人が多くはないと言いました。

でもパウロのポイントは、神様が人々のお金や身分によって選ばずに、恵みによって人々を選ぶことです。そして神様は、弱い人々や取るに取りないと考えられた人々を通して、強い人々や賢い人々を恥じ入らせました。どうやって、その弱い人々や取るに取りない人々は、強い人や賢い人々を恥じ入らせたでしょうか。神様に対する彼らの信仰によって、そうしました。

例えば、年寄りのノアは神様を信じて、大きい箱舟を作りました。隣人たちはノアが頭たがおかしいと思っていたでしょう。なぜなら、その辺に海がなかったし、そんな箱舟を必要とする人がいませんでしたから。でも、雨が降って、洪水が来た時、ノアの知恵は証明されました。

イスラエル人たちをエジプトから救い出した後、神様は彼らを強い城壁のあるエリコに導きました。でも彼らはすぐに攻撃しませんでした。むしろ、彼らはエリコの周囲を一度回りました。彼らは6日間そうしました。7日目には、彼らは7度エリコを回り、祭司たちが角笛を吹き鳴らしました。そして彼らは叫んで、城壁に向かって走り始めました。

その作戦を始めて聞いたとき、イスラエルの軍人たちは将軍ヨシュアの頭がおかしいと思っていたでしょう。さらに、エリコの人たちがイスラエル人たちが町を回るときに、イスラエル人たちが何をしているか疑問に思ったでしょう。でも、7日目にイスラエル人たちが城壁に向かって走り始めた瞬間、その城壁が崩れ落ちてしまいました。だからその日、イスラエル人たちは大勝利を得ました。

何百年後、ダニエルという若いユダヤ人はバビロンに追放されました。それでも、ダニエルとその友達は神様の律法に従いたいと思ったので、王から備えられた食べ物を拒否しました。むしろ、彼らはただ野菜を食べたり、水を飲んだりしました。ほかのユダヤ人たちはそれを見て、ダニエルたちが頭がおかしいと思っていたでしょう。でも最終的に、ダニエルたちはほかのユダヤ人たちより、健康だったし、賢くて有能な人でした。

何回も神様はそのようなことをしました。

でも究極の例は十字架です。その時代の人々にとって、十字架は弱さと敗北の象徴でした。でも、十字架を通して、神様は私たちの救いをもたらしました。そして、神様は世が称賛する人々だけではなく、世が軽蔑する人も救います。

クリスチャンたちが弱いと考える人もいます。彼らが思うのは、あまり賢くない人たちや、感情的にダメージを受けた人たちだけが神様を必要とすることです。私たちが自分自身に頼らずに、神様に頼るので、彼らは私たちを軽蔑します。

でも最終的に、彼らは恥じ入らせられます。

でも、覚えていてください。あなたがクリスチャンなら、自慢する余地はありません。あなたの身分や、あなたの行為によって、神様があなたを救ったわけではありません。神様が誰であるかのため、また神身様の御業のために私たちを救ってくださいました。だからパウロはこう書きました。

しかし、あなたがたは神によってキリスト・イエスのうちにあります。キリストは、私たちにとって神からの知恵、すなわち、義と聖と贖いになられました。(30)

パウロはの結論は?

「誇ろ物は主を誇れ」と書いてある通りになるためです。(31)

あなたは何を誇るでしょうか。自分自身を誇るでしょうか。あなたは最終的に恥じます。

神様を誇るでしょうか。それなら、プライドの余地はありません。

あなたは何の態度を持っているでしょうか。

 

 

広告

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: コリント人への手紙第一, パウロの書簡, 新約聖書 タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中