マタイ21:37-22:29--私たちの偏見に目がくらむこと

この個所では、パウロは偏見に目がくらんでいた二つのグループに直面しました。

ユダヤ人たちは、自分たちを神の民と見なしたので、神様が異邦人の罪人を救いたいと思うことに目がくらんでいました。彼らが思ったのは、異邦人たちが救われるのに、ユダヤ人のようにならなければならないことです。それでも、彼らは、神様がその異邦人を受け入れても、異邦人はユダヤ人より低いレベルにいると思いました。

だから、パウロが、神様が異邦人のところにパウロを送ったと言うと、ユダヤ人たちはそのアイデアを全然受け入れられませんでした。

その反面、ローマ人たちは、ユダヤ人たちを見下しました。だから彼らは、ユダヤ人がローマ市民になることはあり得ないと思いました。そういうわけで、裁判の前にローマ市民をむちで打つのが不法だったのに、彼らはパウロをむちで打とうと思いました。パウロが千人隊長に「私はローマ市民」だと言ったとき、最初はその千人隊長は信じてくれませんでした。でも、自分の誤りが分かると、千人隊長は本当に恐れました。なぜなら、ローマ市民をむちで打つと、千人隊長自身が罰されるでしょうから。

では私のポイントは何でしょうか。自分の偏見に目がくらんだら、私たちはいろんなトラブルに出会います。もちろん、周りの人々は怒るけど、神様は私たちをその態度のために裁きます。

神様はすべての人々を愛しています。だからイエス様は一つの特別の人種のためではなく、すべての人種のために死にました。

そして、私たちがクリスチャンになると、神様は自分の子供を平等に愛しています。

パウロはこう言いました。

ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男と女もありません。あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって一つだからです。(ガラテヤ3:28)

だから私たちの偏見を捨てて、人々をありのままで受け入れましょう。彼らは神様のかたちとして創造されたし、神様に愛されたし、救い主が必要です。

 

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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