使徒の働き21:17-36--誤解された

この話の興味深いことは、パウロがユダヤ人のクリスチャンたちとの誤解を解こうとしたけど、ノン・クリスチャンのユダヤ人たちとの誤解を起こしてしまったことです。

クリスチャンのユダヤ人たちとノン・クリスチャンたち両方は、パウロの教えを誤解しました。つまり、彼らは、パウロがユダヤ人のクリスチャンたちがモーセの律法を全く捨てなくてはならないことを教えていると思いました。だからヤコブと他の長老たちは、モーセの律法に従って、パウロが四人のユダヤ人のクリスチャンたちと一緒に清める儀式に参加するように説得しました。それに、その四人が神様に対する誓願を守るために、パウロは彼らの費用を払ってあげました。(もしかしたら、彼らはナジルの請願をしたかもしれません)。

パウロはその意見に同意しました。ある聖書学者たちは、パウロが間違えたと思います。つまり、パウロは、その儀式に参加するべきではなかったということです。

私の意見だけど、パウロは正しいことをしました。なぜなら、ユダヤ人を救うために、パウロは、ユダヤ人にはユダヤ人のようになったから。(第一コリント9:19-23)

とにかく、パウロは、ユダヤ人のクリスチャンたちとの誤解を解いたけど、ノン・クリスチャンのユダヤ人たちは、まだパウロがモーセの律法に反対したと思ました。さらに、彼らはパウロが異邦人を神殿の中に連れて行ったと思いました。(ユダヤ人の律法によれば、それは禁止されていて、神殿を汚す行為です。)

とにかく、私のポイントは何でしょうか。イエス様に従って、またその言葉に従っても、私たちは周りの人々に誤解される可能性があります。教会の人々でも、この世の人々でも、あなたを誤解するかもしれません。頑張って、その誤解を解こうと思っても、あなたのことが理解できない人もいます。

では、私たちはどうするでしょうか。イエス様に従い続けることしかありません。神様が私たちに言うことに従わなくてはなりません。私たちは、それしかできません。私たちはほかの人々の反応を神様にゆだねるべきです。

もちろん、私たちは自分の行為を反省するべきです。もしかしたら、彼らの批判は全く間違えているかもしれません。でも、もしかすると、相手の批判は、ある程度まで正しいかもしれません。だから自分の行為と動機を見極めてください。そして、神様の御心がわかる限り、神様に従ってください。またパウロの態度を取ってください。

しかし私にとって、あなたがたにさばかれたり、あるいは人間の法廷でさばかれたりすることは、非常に小さなことです。それどころか、私は自分で自分をさばくことさえしません。私には、やましいことは少しもありませんが、だからといって、それで義と認められているわけではありません。私をさばく方は主です。ですから、主が来られるまでは、何についても先走ってさばいてはいけません。主は、闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのときに、神からそれぞれの人に称賛が与えられるのです。(第一コリント4:3-5)

 

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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