マタイ27:33-37;マルコ15:22-26;ルカ23:38;ヨハネ19:18-22--神様が書かれたこと

ピラトと祭司長たちの会話はとても興味深いです。ピラトは十字架の上にイエス様の罪状書きを掲げました。イエス様の「犯罪」は?

「ユダヤ人の王、ナザレ人イエス」。

祭司長たちはすぐにピラトの所に行って、抗議しました。彼らは「ユダヤ人の王と書かないで、この者はユダヤ人の王と自称したと書いてください。」

でもピラトは答えた。「私が書いたものは、書いたままにしておけ。」(ヨハネ19:21-22)

今なお、多くの人々はユダヤ人たちのような態度を取ります。彼らはイエス様を王として認めたくないのです。彼らは、イエス様が神の子だと認めたくないのです。また、彼らは、イエス様だけが神様への道だと認めたくないのです。

だから、彼らはクリスチャンたちにぼやきます。

「イエス様は自分が王や、神の子や、神様への道と自称したかもしれないけど、私はそう信じない。」

でもピラトと違って、私たちは私たち自身よりも優れた権威を持つ方に指すことができます。私たちは彼らにこう言えます。

「神様が書いたものは決まっています。あなたはその言葉を変えられません。あなたは神様に自分の御心を変えさせることができません。神様の言葉は永遠に立ちます。あなたの不信は、神様の言葉を変えません。」

人々はそんな言葉を聞きたくないでしょう。祭司長たちはピラトの言葉を聞いて、とても怒ったでしょう。でも、相手がその言葉が好きかどうかは構いません。なぜなら、神様の言葉は正しいから。だから人々は選択しなくてはなりません。

彼らは自分の心をその真理に合わせるでしょうか。もしくは、彼らはその真理を彼らが信じたいことに曲げようとするでしょうか。

でも、もし彼らが真理を曲げようとしたら、結局真理ではなく、彼らの人生は砕かれます。

イエス様は自分自身に関して、こう言いました。

あなたがたは、聖書に次のようにあるのを読んだことがないのですか。「家を建てる者たち(つまり、祭司長たちや、ほかの宗教的なリーダーたち)が捨てた石(つまり、イエス様)、それが要の石となった。これは主がなさったこと。私たちの目には不思議なことだ。」。。。また、この石の上に落ちる人は粉々に砕かれ、この石が人の上に落ちれば、その人を押しつぶします。(マタイ21:42,44)

祭司長たちはイエス様を拒絶したので、彼らの世界は砕かれました。エルサレムは倒れて、神の神殿は破壊されて、おまけに、裁きの日に、彼らは自分の罪のために裁かれます。

イエス様を拒絶する人々の皆に同じことが起きます。神様が書いたことは決まっているから。

あなたはその言葉を聞いて、どうするでしょうか。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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