マタイ27:11-26;マルコ15:1-5;ルカ23:1-25;ヨハネ18-19--私たちには、基礎がないと

前にも言いましたが、この福音の個所を統合するのはちょっと難しいです。以下は私の個人的な意見ですが、どうぞ福音を読んで、自分の結論を導いてください。

  • 祭司長たちや、最高法院の代表たちはイエス様をピラトの前に連れて行って、最初の告発をしました。(ルカ23:1-2;ヨハネ18:29-31)
  • ピラトは初めてイエス様と話します。(ヨハネ18:33-38で、その話の詳しいことがあるけど、ほかの福音書では、小さい要約しかありません)。
  • ピラトはイエス様が無実だと宣告するけど、ユダヤ人のリーダーたちがその判断に抗議したので、ピラトはイエス様をヘロデに送りました。(マルコ15:3-5;ルカ23:4-12)
  • ヘロデがピラトにイエス様を送り返して、ピラトはもう一度イエス様が無実だと宣告しました。(ルカ23:13-17)
  • そして、ピラトはユダヤ人たちに「私はイエス様かバラバ(という犯人)を釈放しようと思っているが、どっちの方を釈放した方がいいか」と訊きます。でもユダヤ人たちバラバの釈放を願いました。(すべての福音書)
  • ピラトはバラバを釈放したけど、イエス様を殺さずに、むちで打つように命令しました。(マルコ15:16-20;ルカ23:21;ヨハネ19:1-7)
  • ピラトはもう一度ユダヤ人を説得するようにしたけど、結局イエス様が十字架で殺されるように命令しました。(ヨハネ19:7-14)

その背景を踏まえて、以後数日にわたって、私は全ての主人公について話そうと思います。

今日、私はピラトについて話したいと思います。

歴史書ではピラトについて読めるけど、私は聖書の話だけを参考したいと思います。

この話を読むと、私はピラトに関してこう思いました。

「難しい決断しなければならないとき、またどうやって自分の人生を送ればいいか考えるとき、ピラトには強い基礎がなかった。」

ピラトが初めてイエス様を尋問するとき、彼はまずイエス様が本当に反逆者かどうか見極めたいと思いました。だから、彼は直接に聞きました。「お前は王なのか。」

イエス様は自分が王だと主張したけど、「私の国はこの世のものではありません」と言ったので、ピラトはイエス様がローマ帝国の脅威ではないと分かりました。ピラトにとっては、それは一番大切なことでした。

でも、イエス様は続けて、ピラトの世界観に異議を唱えました。イエス様はこう言いました。

わたしは、真理について証しするために生まれ、そのために世に来ました。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。(ヨハネ18:37b)

要するに、「ピラト、あなたは真理の味方でしょうか。あなたは真理を愛しているでしょうか。真理はあなたの基礎でしょうか。そうならば、あなたは私の言葉を聞き、従わなくてはなりません。

私たち皆はイエス様の質問と向き合わなくてはなりません。私たちの人生の基礎は何でしょうか。その基礎は真理でしょうか。イエス様が真理であることを信じるでしょうか。

ピラトはその疑問と向き合いました。彼の反応は?

真理とは何なのか。(ヨハネ18:38)

私はピラトの声を本当に聞きたいです。

彼は怒って、「あなたは自分が誰だと思うのか?全ての人々よりも、あなたは真理をよく知っていると思うのか。」と訊いていたでしょうか。

もしかしたら、皮肉っぽい声で話して、「真理?本当の真理はないのだ。真理とは、力を持つ人が言うことです。」と言いたかったのかもしれません。

もしかすると、絶望を感じて、「真理が本当に存在するだろうか。真理が存在しても、私は見つけられるだろうか。」と言いたかったのかもしれません。

ピラトが意味したものが、私は分からないけど、結局彼は真理の存在を拒絶しました。また、イエス様を真理の源として拒絶しました。その結果は?

彼が決断するとき、確固とした基礎がありませんでした。むしろ、彼は周りの人々の言葉や彼らからのプレッシャーに影響を与え受けました。

彼は暴動の脅威に直面しました。(マタイ27:24)

また、ユダヤ人のリーダーたちは、ピラトの行為をカエサルに伝えると脅しました。(ヨハネ19:12)

そのプレッシャーを感じて、ピラトは自分の恐れに負けて、悪い決断をしました。彼の決断が悪いとよく知っていたのに、その決断をしました。

私たちにも同じようなことが起きるかもしれません。もし私たちが真理を私たちの基礎にしないと、もし私たちがイエス様を私たちの基礎にしないと、周りの人々の意見で、私たち自身の恐れによって、私たちは決断します。そして、私たちは悪い決断をするのが落ちです。

あなたはどうですか。決断するときに、あなたの基礎は何でしょうか。あなたの人生の基礎は何でしょうか。神様の知恵を求めているでしょうか。神様の言葉が真理であることを信じるでしょうか。

ヤコブはこう言いました。

あなたがたのうちに、知恵にかけている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。ただし、少しも疑わずに、信じて求めなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。その人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。そういう人は二心を抱くもので、歩む道全てにおいて心が定まっていないからです。(ヤコブ1:5-8)

 

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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