マタイ23:23-24--大切なものを覚えていること

日本は違うみたいですけど、最近アメリカ人が「クリスチャン」という言葉を聞くと、悪いイメージがよく思い浮かんでしまいます。

ある程度、それはイエス様を愛する人に対する当然の反応です。イエス様はこう言いました。

世があなたがたを憎むなら、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを知っておきなさい。。。人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたも迫害します。(ヨハネ18:18,20)

でも時々、私はこう疑問に思います。「どうして、彼らはそんな悪いイメージを持っているだろうか。それは、私たちがイエス様に従うからだろうか。もしくは、私たちは一番大切なことを忘れていたからだろうか。」

アメリカのクリスチャンたちの多くは、毎週の日曜日に教会に行ったり、バイブルスタディーに行ったり、毎日聖書を読んだり、祈ったり、聖書的な価値観を周りの人々に伝えたりします。実は、イエス様の時代にも、そのような人がいました。それはパリサイ人たちと律法学者たちです。でも、イエス様は彼らに関して、こう言いました。

わざわいだ、偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちはミント、イノンド、クミンの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、正義とあわれみあわれみと誠実をおろそかにしている。十分の一もおろそかにしてはいけないが、これこそしなければならないことだ。目の見えない案内人たち。ブヨはこして除くのに、らくだは飲み込んでいる。(23-24)

ルカ11:24では、イエス様はもう一つのことを加えました。彼らは神への愛を持っていませんでした

またある時、イエス様は弟子たちにこう言いました。

互いの間に愛があるなら、その弟子であることを、すべての人が認めるようになります。(ヨハネ13:35)

だから、私たちが自分自身にこう訊くべきだと思います。私の人生は神様の愛と憐れみで印されているでしょうか。周りの人々が私たちを見るとき、私たちからの愛と憐れみを見ることができるでしょうか。私たちが彼らを愛しているのを知っているでしょうか。彼らに対する私たちの憐れみを見ることができるでしょうか。もしくは、ただ彼らを責める人を見るでしょうか。

私たちの職場では、周りの人々は誠実さのある人を見るでしょうか。また、忠実な人を見るでしょうか。もしくは、彼らはできるだけ仕事をサボる人を見るでしょうか。

もし、周りの人々には私たちの中で愛と憐れみと誠実が見えないなら、私たちは彼らの批判に値します。残念だけど私たちのせいで、彼らは決してクリスチャンにならないかもしれません。

神様は彼らを裁くけど、私たちをも裁きます。なぜなら、私たちの行動によって、「主の敵に大いに侮りの心を起こさせた」から。(第二サムエル記12:14)

あなたはどうですか。あなたの心から何が出ているでしょうか。愛?憐れみ?正義?誠実?神様はにとって、それは一番大切なことです。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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