マタイ20:29-34;マルコ10:46-52;ルカ18:35-43--私たち自身のことだけで思い詰めずに、周りの人々に気づくこと

私がバルティマイとその友達の話を読むと、イエス様の愛と憐れみ深い心は、私にとても印象的です。

イエス様はもうすぐ十字架に行くし、そのことを親友たちにはっきりと伝えたのに、彼らは理解してくれませんでした。そんな状況で、イエス様が自分の思いや、フラストレーションや、心配で思い詰めていたなら、びっくりすることではなかったでしょう。でも、その道を歩いているうちに、イエス様は前に何回も聞いていた願いをもう一度聞きました。

主よ。ダビデの子よ。私たちを憐れんでください(マタイ20:30)

大勢の人がイエス様を取り巻いて、多分イエス様がその声を見逃すのは簡単だったでしょう。

または、その声を無視するのは簡単だったでしょう。なぜなら、たくさんの人はその二人に「黙れ」と言いましたから。

でも、イエス様は止まって、「その二人を呼んできなさい」と言いました。

そして、彼らが来ると、イエス様は彼らに訊きました。「わたしに何をしてほしいのですか。」

彼らは答えました。「主よ。目を開けていただきたいのです。」

そして、マタイによれば、イエス様が深く憐れんで、彼らの目に触れて、癒してくださいました。

イエス様は自分のフラストレーションとトラブルで思い詰めずに、周りの苦しんでいる人々に気づきました。

私たちはどうでしょうか。どれぐらい、私たちはイエス様の模範に従って、自分自身のことで思い詰めずに、周りの苦しんでいる人々んい気づくでしょうか。

どれぐらい私たち自分自身の必要やフラストレーションで思い詰めるので、神様の愛で周りの人々に触れる機会を逃がすでしょうか。

多分、私はよくそんな機会を逃がしたでしょう。

私たちはイエス様のようになるように学びましょう。私たちの苦しみと心配で思い詰めずに、周りの人々のニーズや痛みを見ましょう。そして、イエス様のように、彼らに触れて、神様の力で彼らを癒しましょう。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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