マルコ10:21-22--真理を言うほどに、人々を愛すること

この話では、イエス様は意地悪だったでしょうか。どう思いますか。

この若い役人は必死に神の国に入りたいと思ったけど、イエス様は彼に不可能な挑戦を与えてしまいました。その人が神様に対する熱心を持ったのに、イエス様の言葉によって、その熱心は消えてしまいました。

でもマルコは興味深いことを言います。彼はイエス様のその役人に対する感情を説明します。

イエスは彼を見つめ、その人をいつくし[みました]。(マルコ10:2a)

イエス様は彼のうわべだけを見ずに、その人の心をも見つめました。イエス様は彼の熱心がよくわかりました。でも、イエス様は彼が欠けていたものをも見ました。だからイエス様は、その人が自分が欠けているものがわかるように望みました。そうすれば、その人はイエス様の助けを求め、永遠の命を見つけたでしょう。

だから、イエス様は彼にこう言いました。

あなたに欠けていることが一つあります。帰って、あなたが持っているものをすべて売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります。そのうえで、わたしに従って来なさい。(21b)

要するに、「さっき、あなたは自分が何かまだ欠けている感じがすると言ったでしょう?その通りです。あなたは神様を愛するよりも、お金に執着しています。だから、あなたが持っているものをすべて売り払いなさい。あなたの隣人をあなた自身のように愛すると言ったでしょう?それでは、あなたの持ち物を売り払ってから、貧しいものに与えなさい。そうすれば、あなたは本当の宝を得ます。そして私に従って来なさい。」ということです。

それを言った時、イエス様の望みは相手が本当の命を知ることでした。でも逆に、彼は悲しく帰りました。

イエス様は真理を取り繕おうとしませんでした。イエス様は率直に真理を言いました。

時々真理は聞きにくいものです。時々、人々はその真理を拒絶します。でも私たちは真理を伝えなくてはなりません。

それでも、私たちは本当の愛と憐れみを持って、真理を伝えなくてはなりません。

相手はまだ真理を拒絶するかもしれないけど、彼らが私たちの愛がわかるように。

彼らは傷つくかもしれないけど、彼らが私たちが彼らの最善を望むことを知るように。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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