ヨハネ9:1-5--どうして、私にそんなことがおこっただろうか

時々、私たちに悪いことが起こって、私たちは「どうして?神様は私を罰しているのだろうか」と訊きます。

実は、時々私たちの罪のため、神様は私たちが苦しむことを許します。でも、多くの場合、神様は積極的に私たちを罰していません。むしろ、私たちは自分の罪の自然の結果を受けます。

あなたがクリスチャンで、神様はあなたを赦してくださったかもしれないけど、この世にあなたは自分の罪の結果を避けられるとは限りません。多くの場合、私たちの罪のゆえ、悪いことが起こります。そして、神様がその罪の結果から私たちを守らないなら、私たちは神様を責めることができません。なぜなら、その苦しみによって、私たちは罪の悪さがわかるようになります。それは、私たちが聖くなる過程の部分です。その火によって、神様は私たちを清めてくださいます。

でも、私たちが罪を犯さなくても、私たちに悪いことが起こるときもあります。

今日の個所では、イエス様とその弟子たちは、生まれつきの盲人を見ました。そして、弟子たちはイエス様にこう訊きました。

先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。(2)

その時代、多くの人々はこう思いました。「あなたの体が不自由なら、それはあなたのせいです。神様はあなたの罪のために罰しています。」

でも、その人は生まれつきの盲人でした。だから、弟子たちは混乱しました。この人は、ご両親の罪のために盲人になったでしょうか。もしかしたら、子宮の中で、その人はなにか罪を犯したでしょうか。

でもイエス様はこう答えました。

この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです。(3)

イエス様が意味したものは何でしたか。時々、私たちの苦しみは私たちの罪のためではありません。むしろ、神様は私たちを通して、素晴らしいことをしたいと思うのです。

アメリカでは、ジョニー・エリクソン・タダという人がいます。彼女は十代の時に、ダイビングの事故で、四肢麻痺の人になりました。たくさんの人々は彼女のために祈ったけど、神様は彼女を癒してくださいませんでした。でも彼女を通して、神様はたくさんの人々に触れました。その事故が起こらなかったなら、ジョニーはそんな影響力がなかったでしょう。

神様は彼女を罰していませんでした。でも、彼女を通して、神様のわざは現れました。

イエス様はこう言いました。

わたしが世にいる間、わたしは世の光です。(5)

イエス様は天国に戻ったけど、イエス様は神様の栄光を現すために私たちの人生を照らします。そして、私たちを通して、イエス様は輝いて、周りの人々に触れます。

だから、あなたが苦しんでいるなら、自己憐憫に浸らないでください。むしろ、こう祈ってください。「神様、私を照らしてください。また私を通して、輝いてください。」

そうすれば、あなたの人生に神様の栄光が輝きます。

広告

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: ヨハネの福音書, 福音書, 新約聖書 タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中