ヨハネ6:22-65--本当のパンのために働くこと

聖書の中では、これは本当に印象的な個所の一つですけど、ちょっと難しい箇所です。

イエス様が5000人にパンと魚を与えた後、その群衆はイエス様を王にしようと思いました。だから、イエス様はすぐに立ち去りました。

彼らがイエス様を見つけると、イエス様は彼らを訓戒しました。

まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。(26-27)

要するに、「あなたたちは私を捜していたけど、あなたたちの動機は間違っています。あなたの霊的な必要を求めずに、ただの物理的な必要を求めています。私はあなたたちにパンを与えたけど、一時的なものを優先するな。永遠の命に至るもののために働きなさい。」

そして、ユダヤ人たちはこう答えました。「私たちは、神のわざを行なうために、何をすべきでしょうか。」(28)

多分、彼らはこんな答えを予想しました。「聖書を覚えていなさい。十戒やほかの律法に従いなさい。」

なぜなら、彼らは律法学者たちとパリサイ人たちからそんなことをよく聞いたから。

でも、イエス様は意外な答えを与えました。

あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。(29)

つまり、「永遠の命を得るために私を信じなくてはなりません。ほかの方法はありません。律法によってあなたは永遠の命を得ることはできません。私を信じないなら、永遠の命を得られません」ということです。

ユダヤ人たちは、それを聞いて、ちょっと違和感があったかもしれません。だから、彼らは天からのしるしを求めました。例えば、モーセはイスラエル人に天からのパンを与えてくれました。そのしるしによって、イスラエル人はモーセが神様のしもべとわかりました。

でも、イエス様は彼らの間違った考え方を訂正しました。モーセではなく、神様はイスラエル人にパンを与えてくださいました。

それに、そのパンはただの象徴でした。つまり、神様は彼らに「まことのパン」を彼らに与えたいと思っておられました。その「まことのパン」は世の民に一時的な命を与えず、永遠の命を与えます。

そして、イエス様の次の言葉は彼らを驚かせました。

わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハネ6:35)

ところで、35節は6章のカギです。イエス様は物理的なパンについて話していませんでした。(だから、イエス様は聖餐式のパンについて話していたのではありません。)

だから、あなたがイエス様のところに来て、イエス様を信じても、あなたはまだ毎日ご飯を食べなくてはなりません。イエス様は霊的なことについて話しています。

イエス様の肉を食べるのは、イエス様のところに来るという意味です。イエス様の血を飲むのは、イエス様を信じることです。35節を読めば、そのことは明らかになると思います。

もし、イエス様のもとに来て、イエス様を信じるなら、神様の関係をもって、あなたの霊的な飢えと渇きはなくなります。

6章を読むと、そのテーマを何回も見ることができます。

イエス様はユダヤ人の問題を指摘しました。「私がまことのパンなのに、あなたたちは私のことをまだ信じません。私の奇跡を見たし、私の教えを聞いたけど、私のことをまだ信じません。」(36)

でもイエス様はこう言いました。

父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。(37)

イエス様は続けました。

事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。(40)

また、

父から聞いて学んだ者はみな、わたしのところに来ます。(45)

また、

信じる者は永遠のいのちを持ちます。(47)

また、

わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら(つまり、私に来るなら)、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。(十字架で、イエス様は自分の体をささげたので、私たちは永遠の命を得ることができます。)(51)

また、

これは天から下って来たパンです。。。このパンを食べる者(つまり、私に来る者)は永遠に生きます。(58)

そして、イエス様はこう言いました。

人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ(私に来て、私を信じなければ)、あなたがたのうちに、いのちはありません。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者(私に来て、私を信じる者)は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。(53-54)

また、

わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者(私に来て、私を信じる者)は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。(56)

最後に、イエス様こう言いました。「物理的な食べ物は、結局虚しいものです。なぜなら、そんな食べ物は永遠の命を与えることができません。でも、私の言葉を信じるなら、永遠の命を受けます。」(63)

私たちはこの個所から何を学ぶことができますか。本当の満足を求めているなら、神様との関係が必要です。でも、神様との関係を望むなら、イエス様に来て、イエス様とその十字架の働きを信じなくてはなりません。

あなたも、今日そうしませんか。

主よ、私は一時的なものにうんざりしました。私はあなたに来て、あなたを信じます。私は今まであなたに背を向けていました。赦してください。あなたが私の罪のために死んでくだったことを信じます。私の主になってください。私が永遠なもののために生きるように助けてください。アーメン。

広告

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: ヨハネの福音書, 福音書, 新約聖書 タグ: パーマリンク

ヨハネ6:22-65--本当のパンのために働くこと への1件のフィードバック

  1. ピンバック: ヨハネ7:24--聖書を正しく解約すること | 聖書を読み通す

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中