マタイ13:31-32;マルコ4:30-32;ルカ13:-18-19--小さいものから始まること

私は、イエス様が自分の説教で用いた生き生きとした描写が大好きです。

この話では、イエス様は神様の国をからし種と比べます。その種はとても小さいものだけど、大きい木になるので、鳥はその枝に巣を作ります。

イエス様の要点は何でしょうか。たいていは、神様の国は最初から大きなものとして始まりません。逆に、小さいものとして始まります。

特に、多くの場合、神様は自分の国を建てるために、取るに足りない人々を選びます。

例えば、マリヤは貧しい十代の女性でした。ヨセフはただの大工でした。

そして、イエス様が来た時、大きい軍隊を導く王として来ませんでした。父ヨセフのようにイエス様は大工でした。

イエス様は弟子たちを選んだ時、漁師や、ローマ帝国と協力した収税人や、ローマ帝国を憎んだ愛国者を選びました。

キリスト教が始まったとき、割と取るに足りない都市で始まりました。世界では、エルサレムよりも主要な都市があったけど、神様はエルサレムを選びました。

でも、その取るに足りない都市から、クリスチャンたちは世界中に行って、福音を延べ伝えました。

私たちにはこの話から何を学ぶことができるでしょうか。

あなたが取るに足りない人だと思うかもしれません。神様が天の国のためにあなたを用いることができないと思うかもしれません。でも、世界の目ではあなたが取るに足りないので、神様は喜んであなたを用います。神様の国には、たくさんの「取るに足りない人」がいます。

でもあなたのような人を通して、神様の国は広まって、この世の人々に触れます。

パウロはこう言いました。

兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。(第一コリント1:26-29)

神様の目には、あなたが取るに足りない人だと思わないでください。小さいものを通して、神様の大仕事は達成されるから。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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