マタイ13:1-23;マルコ4:1-20;ルカ8:1-15--種を蒔くこと

前回、この個所について話したけど、今日、同じ個所からもう一つのことについて話したいと思います。

この話を見ると、私は農夫がイエス様だとよく思います。それはそうかもしれないけど、イエス様は農夫について話したとき、私たちについて考えたかもしれない。イエス様がこの世におられる時間は、かなり短いものでした。もちろんその時、イエス様は神様の御言葉を人々の心に蒔いたけど、今、私たちが種を蒔く人たちです。

だからこのたとえ話から、本当に大事なことを学ばなくてはならないと思います。

時々、私たちが神様の御言葉を蒔くとき、その種は固い心に落ちます。相手がその言葉を聞いてもわからないので、サタンはその言葉を取ってしまいます。

ほかの人々がその言葉を聞いて、喜んで受け入れ、自分の信仰を宣言するので、私たちはとても嬉しくなります。でも、困難や迫害が来ると、彼らはすぐにその信仰を捨ててしまいます。

またある人は、その言葉を信じて、クリスチャンとして成長し始めます。でも、彼らの仕事は彼らの神様との関係を塞いでしまいます。もしかして彼らは、お金や、持ち物を考えすぎます。彼らは教会に行くかもしれないけど、もう成長しません。また、彼らは霊的な実を結びません。

でもある人は、その言葉を聞いたとき、神様の国のために、たくさんの実を結び始めます。

私のポイントは何でしょうか。その結果は私たちの責任ではありません。私たちは相手の心を形成できません。では、私たちにできるのは何ですか。

種を蒔くことができます。また、水を注げます。そして、祈れます。パウロはこう言いました。「植える人もいるし、水を注ぐ人もいるけど、成長させたのは神です。」(第一コリント3:6-7)

あなたの蒔いた種が成長しないし、実を結ぶないため、あなたはがっかりしたことがあるでしょうか。あなたには、その結果がコントロールすることができません。

あなたにできるのは、種を蒔いて、水を注ぐことです。そのあと、その人を神様に任せるしかありません。

あなたはどうですか。その種を周りの人々に蒔いているでしょうか。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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