マタイ7:12;ルカ6:31--罪を避けるだけではなく、良いことをすること

マタイの福音書では、「黄金律」の書いてあるところが、ちょっとおかしいと思います。特に、「それで」という言葉で始まるから。普通は、「それで」があれば、その言葉は、前の言葉を指摘しています。でも、私にはその関係が見えません。1-6節に関係があると思うけど、7-10節の関係は、ちょっとわかりづらいです。

とにかく、ルカの福音書では、「黄金律」の書いてあるところが、もっと自然だと思います。その個所では、「敵を愛しなさい。あなたのことを憎む人に親切にしなさい。あなたを呪う人を祝福しなさい。あなたを傷つける人のために祈りなさい。侮辱されても、相手を侮辱するな。自由に相手に与えなさい。」と言ったすぐ後、イエス様は、その話をまとめて、こう言いました。

自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。(ルカ6:31)

ほかの文化でも、同じようなことわざがあります。例えば、孔子はこう言いました。「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ。」

そのことわざと黄金律の違いは何でしょうか。

実は、イエス様の言葉に従うのは、もっと難しいです。あなたは積極的に相手に親切にしなければならないから。

相手を傷つけるを避けるのは、そんなに難しくないです。もし、彼らに決して接さないなら、彼らを傷つけることはありません。

でも、彼らに接することが全くないなら、彼らに親切にするのは無理です。あなたは積極的に何かをしなくてはなりません。彼らがあなたを憎んでも、あなたを侮辱しても、あなたを利用しても、あなたは彼らに親切にするべきです。

それは難しいです。でも、それが神様の望みです。

神様の子供として、私たちが罪を避けるだけでは足りないです。私たちは、積極的に良いことをするべきです。私たちは、山の上にある隠れられない町になるべきです。私たちは、この世を味付けする塩になるべきです。もし、私たちが憎む人を愛するなら、私たちは、その町、また、その塩になります。

なぜなら、この世は、そのような愛が分からないし、できません。

でも、イエス様に繋いでいるクリスチャンはそうできます。なぜなら、イエス様の愛は彼らの心に注がれて溢れるから。そして、その愛は自然に相手に接します。

あなたはどうですか。あなたはただ罪を避けているでしょうか。もしくは、あなたの心はイエス様の愛で満ちて、その愛を通して、あなたは周りの人々に触れているでしょうか。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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