マタイ9:10-13;マルコ2:15-17;ルカ5:29-32ーー憐れみを与える人

この箇所では、私たちにイエス様とその時代の宗教的なリーダーたちと大きな違いが見えます。

イエス様がマタイを選んだので、マタイは本当に嬉しくて、イエス様を宴会に誘いました。マタイは、自分の友達も誘いました。もちろん、マタイがイスラエルののけ者だから、彼の友達のすべては、のけ者でした。その友達は取税人や「罪人」でした。

でも、イエス様はためらわずに来て、マタイとその友達と一緒に食事しました。

私たちはどれぐらいそんなことをするでしょうか。どれぐらい、私たちは宗教的な人が拒絶した人と付き合うでしょうか。多分マタイは、もう悔い改めたけど、私はその友達はまだ悔い改めていないと思います。それでも、イエス様は、彼らと時間を過ごしました。それに、イエス様は、その時間を楽しみました。

その宗教的なリーダーたちはどう反応したでしょうか。彼らは面食らいました。

ちょっと想像してください。もし、有名な牧師がゲイの人達と一緒に食べたり、飲んだりしたら、ほかの牧師たちはどう反応でしょうか。日本では私は分からないけど、アメリカでは多分彼れらは、その牧師を批判するでしょう。

パリサイ人は、そのように反応しました。「いったいどうしてそんな人たちと遊ぶでしょうか。彼らは最低な罪びとなのに。」

でも、イエス様はこう答えました。

医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。(マルコ2:17)

つまり、こんな人とも付き合わなくてはなりません。彼らは知らないかもしれないけど、彼らは霊的に病気です。彼らにはお医者さんが必要です。もし、私が彼らを避けたら、彼らは自分の罪のために死にます。

マタイはそこにいたので、マルコとルカが話さない一つのことを伝えました。イエス様は、もう一つのことを言って、マタイはその言葉を一生忘れませんでした。イエス様は、その宗教的なリーダーたちにこう言いました。

「わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない」とはどういう意味か、行って学んで来なさい。(マタイ9:13)

つまり、「あなたたちは律法とあなたの伝統を本当に凝っています。あなたたちは頑張って詳しい律法を守るし、いろんないけにえをささげます。でも、神様にとっては、そんな行動は一番大切じゃないです。

神様が望むのは、あなたたちは憐れみを与える人になることです。神様は罪に縛れた人々を助ける人を望みます。あなたはそんな人と時間を過ごすべきです。そんな人に福音を伝えるべきです。でも、あなたたちが彼らを避けているので、彼らは死にかけています。」

あなたはどうですか。あなたは罪びとを避けているでしょうか。彼らの罪のため、彼らを見下すでしょうか。もしくは、イエス様の態度を取って、彼らをお医者が要る病気な人とみなすでしょうか。救い主が要る人とみなすでしょうか。

毎日、私たちは周りの人々に憐れみを与えましょう。神様はそんな人を望むから。

 

 

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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