ヨハネ4章1-26節ーー率直に言う?もしくは、愛をもって真理を語る?

英語では、「brutal honesty」という表現があります。直訳すると、「残酷な正直さ」という意味です。その意味は、相手がその真理を聞けば、きっと傷つくけど、その人に率直に言うことです。なぜなら、真理は真理ですから。

もちろん真理は真理です。で、私たち皆は真理に直面しなくてはいけません。でも、残酷な正直さの問題はこうです。多くの場合、その真理を伝える人は、相手を助けたい気持ちを持たないで、その人をあえて傷つけたいのです。またその人を喜んで傷つけたいです。彼らは相手に対する愛のため、真理を伝えるわけではありません。むしろ、彼は相手を苦しませたいと思っています。

イエス様が率直に話したときがありました。バプテスマのヨハネも率直に話した時もありました。彼らのパリサイ人とサドカイ人との交流を見るなら、彼らが本当に単刀直入な人だとわかります。どうして、彼らはパリサイ人とサドカイ人にそんなに率直に話したでしょうか。おそらく、パリサイ人とサドカイ人が頑固すぎて、ほかの言葉は彼らに通じなかったからかもしれません。

その真理は厳しかったかもしれないけど、多くの場合、イエス様は情けを持って、伝えました。教会では、そんな態度があまり見えないと思います。でも、この個所では、イエス様の憐みは、はっきり見えます。

興味深いことは、使徒ヨハネによれば、イエス様がサマリヤを通って行かなければならなかったということです。(4)

実は、サマリヤを通ったほうが早かったけど、多くのユダヤ人は、サマリヤを通ることを拒絶しました。なぜなら、サマリヤ人は本当のユダヤ人とみなされていませんでしたから。つまり、その何百年も前、サマリヤにいるユダヤ人は偶像を礼拝する外国人と結婚して、本当のユダヤ教を汚しました。

でも、文化的なルールが天の父の御心に反対するなら、イエス様はそのルールを無視しました。だからたぶん、多くの場合、弟子たちは困ったでしょう。

とにかく、サマリヤにいるとき、イエス様は弟子たちを食物を買うために都市に送りました。イエス様は疲れて、井戸の隣に座っていました。すぐに、イエス様は女の人が近づいて来るのを見ました。

イエス様はサマリヤに入って、文化的なルールを破ったけど、その女性が井戸に来た時、イエス様はもっと大きい文化的なルールを破りました。ラビ(つまり、ユダヤ教の先生)は決して人前で女性と話しませんでした。それに、この女性は嫌われたサマリヤ人です。

でも、イエス様は彼女に話しかけました。

わたしに水を飲ませてください。(4:7)

それは本当にシンプルな願いだったけど、彼女は本当にびっくりしました。

彼女は何を思っていたでしょうか。つまり、たぶん、自分の民の間には、彼女は評判が悪い人とみなされたしょう。新改訳によれば、彼女は第六時ごろに井戸に来たんですけど、その文化では、それは正午という意味です。普通は一番暑いときに、女性たちは井戸に来ませんでした。でも、たぶん、彼女はほかの女性たちを避けたかったので、その時間に井戸に来ました。

それに、彼女は何回も離婚したし、現在一緒に住んでいた男性は彼女の夫ではありませんでした。

だから、イエス様が彼女に話しかけたら、彼女は、「この人は私が売春婦だと思うだろうか」と思ったかもしれません。

とにかく、彼女はイエス様に興味がなかったので、こう答えました。

あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。(9)

でも、イエス様は優しく反応しました。

もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。(10)

「生ける水」というのは何ですか。ヨハネ7:37-39によれば、イエス様は聖霊様について話していました。

でも、この女性は物理的な水について考えていたので、彼女は答えました。

先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。(11)

イエス様は答えました。

この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。(13-14)

つまり、「物理的な水に関して話していません。その水は一時的にあなたを満足させるけど、私は与える水は永遠の命を与えます。そして、あなたがそれを飲むと、決して霊的に渇くことがありません。」

おそらく、彼女はイエス様の言葉が分からなかったでしょう。もしくは、自分の心が痛かったので、自分のニーズを認めたくなかったでしょう。

とにかく、彼女はちょとイエス様の言葉をからかいました。

先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。(15)

そしてイエス様は、いきなりほんとに痛い言葉を言い出しました。

行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。(16)

たぶん、彼女は傷ついた心から答えました。

私には夫はありません。(17a)

イエス様は答えました。

私には夫がないというのは、もっともです。あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。(17b-18)

その言葉は本当に痛いですね。

その瞬間、彼女の痛みはばれました。彼女はずっと彼女を愛する人を探しました。その愛を得るために、彼女は何回も自分の体を男性にささげました。もしかしたら、彼女がほかの女性たちの夫を奪ったときもあったでしょう。でも、結局、彼女は拒絶されて、現在一緒に寝ている人は彼女と結婚することを拒絶していました。

どうして、イエス様はその秘密をばらしましたか。彼女の痛みを見て喜んだからでしょうか。違います。彼女のことを愛したからです。

彼女が宗教的なケンカを売ろうとした時、イエス様は優しくその疑問に応えました。彼女が「私は分からないけど、メシアのために待っています」と言ったとき、イエス様は答えました。「私を見てください。あなたが待っている人は、私です。私はメシアです。」

そして、彼女はイエス様の目を見たとき、彼女を全く知っている人を見ました。イエス様は彼女の心の深いところでも知っていたけど、彼女はイエス様が彼女のことを本当に愛することがわかりました。

どれぐらい、人々は私たちについて、そんなことが言えるでしょうか。私たちが神様の真理を伝えるとき、彼らに私たちの中にイエス様の愛は見えますか。さらに、私たちは心から「あなたのことを愛している」と言えますか。

イエス様は彼女の心を変えました。真理は正しい道を示しました。でも愛は彼女の心を変えました。

あなたは相手を愛せずに、ただ真理を伝えるでしょうか。もしくは、キリストの愛があなたからあふれて、人々の心は変わっていますか。

 

広告

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: ヨハネの福音書, 福音書 タグ: , パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中