ルカ2章8-14節ーー喜びが来たとき

私は最初のクリスマスの夜について考えるとちょっと圧倒されます。なぜならその夜、喜びがこの世に来たから。

天使が羊飼いに現れたとき、彼はこう言いました。

恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。(2:10-11)

私はこの箇所を読むと、あるクリスマスの歌の歌詞が思いつきます。

Long lay the world in sin and error pining
‘til he appeared and the soul felt its worth.

この世の民は久しく罪と咎のため、悩んでいて、死の陰に歩んでいました。
でも、イエス様が現れたとき、私たちは自分の価値が分かるようになりました。

アダムとエバがエデンで罪を犯してから、この世の民は死の陰に歩んでいました。私たちの罪のため、永遠の死に値しました。私たちは「この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。」(エペソ2:12)

特に、イエス様の時代、神様が彼らを捨てたかもしれないと思ったイスラエル人もいました。なぜなら、神様はアブラハムや、ヤコブや、ほかの先祖たちに現れたけど、400年ぐらい神様はずっと沈黙していたから。

でも、突然、神様は話しかけました。「私はここにいるよ。あなたを忘れなかったよ。」

イマヌエルはやっと来ました。(「イマヌエル」という名前は、「神は私たちと共におられる」という意味です。)

イエス様のお生まれによって、神様はこう言いました。「私はあなたを愛し、あなたの間に歩みます。私はあなたの暗闇の中で、光になります。私はあなたに希望を与えます。あなたに救いを与えます。」

でも、神様がその良い知らせを伝えるために天使を送ったとき、祭司たちに送りませんでした。律法学者や一番宗教的な人たちには天使を送りませんでした。

神様は天使を普通の人々に送りました。つまり、羊飼いに送りました。その時代、人々は羊飼いを見下しました。どうして、神様は彼らに先に伝えたでしょうか。なぜなら、その知らせはすべての人のためだったから。イエス様は、偉い人のためにも、身分の低い人のためにも来ました。

そして、イエス様が来たとき、神様と人間の間にある壁は崩れました。神様との平和が可能になりました。でも最初のクリスマスの日にはそれは起こりませんでした。イエス様が十字架で死んだとき、神様と私たちの間にある幕が永遠まで裂けました。

あなたがその平和を知るように。また、羊飼いが感じた喜びがあなたの心を満たすように。

Joy to the World! The Lord is come!
この世に喜びがあるように。なぜなら、主は来たから。

 

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: ルカの福音書, 福音書, 新約聖書 タグ: パーマリンク

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