箴言30章1-9節–神様の前にへりくだること

今日はアグルと言う人の言葉を読みます。彼が誰か誰も知らないけど、彼の言葉は知恵と謙遜に満ちています。

一節の意味はちょっと微妙です。多くの翻訳によれば、アグルはイティエルとウカルという人たちに向かって話しています。

でも、他の翻訳によれば、アグルはこう言っています。「私は疲れた。神様、私は本当に疲れ果てている。」

とにかく、アグルは続けます。

確かに、私は人間の中でも最も愚かで、私には人間の悟りがない。私はまだ知恵も学ばず、聖なる方の知識も知らない。(2-3)

要するに、自分の弱さを認めて、アグルは神様の前に立ちました。彼のプライドはなくなりました。自分の力と知恵からのプライドは全てなくなりました。だから、自分の弱さを認めて、彼は神様を求めました。

4節に、彼はこう訊きます。

だれが天に上り、また降りて来ただろうか。だれが風をたなごころに集めただろうか。だれが水を衣のうちに包んだだろうか。だれが地のすべての限界を堅く定めただろうか。その名は何か、その子の名は何か。あなたは確かに知っている。

つまり、「誰が天に行ったことがあるでしょうか。誰がそんな経験があって、私たちに神様について説明出来るでしょうか。」

また、「私たちの創造主は誰でしょうか。その子の名前は何でしょうか。」

実は、アグルは自分の創造主をもう知っていました。7節に彼は神様に祈ったので、その創造主をきっと知っていました。

でも、興味深いことは、彼はその創造主の子の名前を尋ねたことです。彼はその答えを全然知りませんでした。でも、イエス様はこの世に来た時、その答えを教えてくださいました。それに、イエス様は、アグルや他の人よりも、神様のことを説明できました。ヨハネはこう書きました。

いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。(ヨハネ1:18)

そして、アグルは、私たちが神様の言葉を聞き、神様を私たちの避けどころにするように励まします。彼はこう言いました。

神のことばは、すべて純粋。神は拠り頼む者の盾。神のことばにつけ足しをしてはならない。神が、あなたを責めないように、あなたがまやかし者とされないように。(5-6)

そして、彼は素晴らしい祈りを祈ります。

二つのことをあなたにお願いします。私が死なないうちに、それをかなえてください。不信実と偽りとを私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。(7-9)

つまり、「私は自分の言葉と行動を通してあなたを敬いたいです。だから、私を罪から遠ざけてください。」

私たちもそんな心を持つように。神様の前にへりくだりましょう。また、神様を敬いましょう。

 

 

 

 

 

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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