詩篇142篇ーー自分の嘆きを神様の前に注ぐこと

以前、57篇と一緒にこの詩篇について話したけど、今回、詩篇142篇だけについて話したいと思います。

ダビデはこの詩篇を書いたとき、サウルかアブサロムから逃げて、洞穴で隠れていました。だから、ダビデは牢に入っているように感じていました。(7)

洞穴から彼は神様に叫びました。

私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表わします。(2)

彼は本当に苦しんだので、時々彼のトラブルを大げさに言いました。彼はこう言った。

私の右のほうに目を注いで、見てください。私を顧みる者もなく、私の逃げる所もなくなり、私のたましいに気を配る者もいません。(4)

実は、ダビデの周りには自分の兵隊たちがいました。彼らはダビデを愛し、本当に忠実でした。

また、ダビデがサウルから逃げたとき、彼の親友(また、サウルの息子)ヨナタンはダビデを見つけて、励ましてあげました。

またダビデがアブサロムから逃げたとき、ほかの親友がダビデを助け、アブサロムの計画を無駄にしました。

時々私たちが試練に直面するとき、私たちは実際よりも私たちの状況は悪いと考えます。だから、私たちは文句を言ったり、自分の問題を大げさに言ったりします。

でも、私たちがそうしても、神様は私たちのことをよく理解できていらっしゃいます。だから、私たちが自分の嘆きを注ぐとき、神様は私たちを責めず、私たちに憐れみを注ぎます。

ダビデは、神様が彼を受け入れたたことが分かったので、神様に正直に祈ることができました。

それに、神様が彼と共にいて、素晴らしい計画を立てたことを知っていたので、ダビデは、こう歌いました。

私の霊が私のうちで衰え果てたとき、あなたこそ、私の道を知っておられる方です。(3)

また、

あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。(5)

だから、試練に直面するとき、ダビデのように、自分の嘆きを神様の前に注いでください。神様があなたを責めないことを覚えていてください。また、神様が私たちのために計画を持っている確信を捨てないでください。もし神様が私たちと共におられたら、私たちは乏しいことがありません。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: 詩篇, 諸書, 旧約聖書 タグ: , , , パーマリンク

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