詩篇113篇ーー高い御位に座る神、身を低くして覧になる神

多分、神様に関して最も驚いたことは、神様は威光ある方だけど、私たちを愛していることです。

詩人はこの詩篇の最初から私たちを礼拝するように呼びます。

ハレルヤ。主のしもべたちよ。ほめたたえよ。主の御名をほめたたえよ。

今よりとこしえまで、主の御名はほめられよ。

日の上る所から沈む所まで、主の御名がほめたたえられるように。(1-3)

そして、彼は歌います。

主はすべての国々の上に高くいまし、その栄光は天の上にある。

だれが、われらの神、主のようであろうか。主は高い御位に座し。。。(4-5)

要するに、「神様は偉大な方です。神様を他のものと比べられません。神様が私たちの賛美に値する方だから、ほめたたえましょう。」

でも、6節で、詩人はこう言います。

「神様は」身を低くして天と地をご覧になる。(6)

そして、詩人は、どうやって神様が弱いもの、貧しいもの、子供のいない女の人(その時代、それは本当に恥ずかしいことでした)を引き上げ、祝福してくださることについて話します。(7-9)

神様は私たちを見るために身を低くし、私たちに触れられました。

でも、それだけではなく、神様は人間として、この世に来られて、私たちと共に住みました。パウロはこう書いた。

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現われ[た]。(ピリピ2:6-7)

だから、神様は私たちのことを本当に理解できます。

さらに、神様は私たちの最大の必要を見て、十字架で、私たちの罪のための罰を受けました。神様は死に値しなかったのに、私たちを愛し、この世に来て、私たちのために死んでくださいました。

だから、詩人が歌ったように、

日の上る所から沈む所まで、主の御名がほめたたえられるように。(3)

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: 詩篇, 諸書, 旧約聖書 タグ: , , パーマリンク

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