エズラ記4章1-5節ーー反対

これから、エズラの年代順はちょっと複雑になります。ここでは私の考えを述べますが、聖書学者は年代順だけではなく、エズラ記の中に登場する人物に関して議論します。

多分、エズラ記4章のアハシュエロス王とアルタシャスタ王は紀元前486-423年に治めたペルシャの王でした。

その仮定によって、私はエズラ記の順番をちょっと変えます。

エズラ記の年代順は複雑だけど、主の宮を再建するユダヤ人たちにとって、彼らの状況は複雑になりました。彼らが再建する間、サマリヤ人は手伝いを申し出ました。そのサマリヤ人は北イスラエル王国の残った人(つまり、追放されていなかった人)の子孫とメソポタミアとシリアからの移民でした。彼らは本当の神を礼拝したけど、他の神々も礼拝しました。だから、エズラと他のユダヤ人たちはその手伝いを断りました。

そういうわけで、そのサマリヤ人たちはユダヤ人たちが主の宮とエルサレムの城壁を立て直すことに反対し始めました。エズラ記とネヘミヤ記では、サマリヤ人が反対しているのがよくわかります。

この話から大切なことを学ぶことができます。私たちが神様に従って、私たちの宮(つまり、私たちの体)を神様に捧げて、また私たちの霊的の力を強める時、それに対して反対するものが来るのです。

時々、周りの人々が私たちの変化を見ると、彼らは喜んで私たちを応援します。でも、私たちが信じることが、彼らが信じることと違ったら、彼らは私たちがそんなに真剣に神様に従わないように説得しようとします。例えば、仏教の葬式で、焼香するように説得しようとします。また、彼らは私たちの道徳を妥協するように説得しようとします。そして、私たちが妥協しないと、彼らは怒ります。

イエス様は、私たちが彼に従うと、すべての人々が私たちを好きになると約束しなかった。イエス様は完全な人だったのに、彼を憎む人もいました。だからイエス様はこう言いました。

もし世があなたがたを憎むなら、世はあなたがたよりもわたしを先に憎んだことを知っておきなさい。(ヨハネ15:18)

だから、私たちは自分自身にこの質問を訊くべきです。「私は誰を喜ばせようとしているだろうか。神様だろうか。もしくは周りの人々だろうか。」

神様の賞賛を他の人の賞賛よりも求めましょう。反対が来ても、神様の賞賛を求めましょう。また、私たちの人生が辛くなっても、神様の賞賛を求めましょう。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: エズラ記, 旧約聖書, 歴史書 タグ: パーマリンク

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