エゼキエル書34章ーーリーダーって?

この箇所では、神様はユダの政治的と霊的なリーダーたちを厳しく責めます。どうしてでしょうか。神様は彼らにこう言った。

ああ。自分を肥やしているイスラエルの牧者たち。牧者は羊を養わなければならないのではないか。(2)

この牧者の問題は、彼れがその羊に仕えずに、その羊が彼らに仕えることを要求したということです。彼らは自分の立場を通して、力とお金と名誉を得たけど、彼らはその人々を世話しなかった。むしろ、彼らは自分の利益のためにその人々を使いました。

神様はこう言いました。

あなたがたは脂肪を食べ、羊の毛を身にまとい、肥えた羊をほふるが、羊を養わない。弱った羊を強めず、病気のものをいやさず、傷ついたものを包まず、迷い出たものを連れ戻さず、失われたものを捜さず、かえって力ずくと暴力で彼らを支配した。(3-4)

つまり、できるだけ、彼らは羊からたくさんのものを取ったけど、その羊に何も返さなかった。むしろ、彼は暴力で、その羊を支配しました。

その結果は?「狼」がその羊を攻撃した時、その羊は無力でした。

彼らは牧者がいないので、散らされ、あらゆる野の獣のえじきとなり、散らされてしまった。(5)

だから、神様はそのリーダーたちにこう言いました。「私の民の没落の責任をあなたに問います。私はあなたの立場を取り去って、私はイスラエル人の羊飼いになります。」

神様はその約束を守りました。神様は自分の力で、イスラエル人をバビロンから自分の国に導きました。そして、イエス様は来ました。イエス様は神様だったけど、人間の姿を取りました。でも、イエス様が来た時、彼は言いました。

人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。(マルコ10:45)

イエス様はしもべとして、この世に来ました。イエス様は良い羊飼いでした。そして、イエス様は私たちを愛したので、私たちの罪のために死んでくださいました。私たちは神様からと遠く離れたけど、イエス様の血によって、私たちは近い者とされました。(エペソ2:13)

イエス様は私たちの傷をいやし、私たちを完全にします。

でも、あなたは自分自身にこの質問を訊いて下さい。「私はどんなリーダーだろうか。」

あなたはこう言うかもしれない。「私が?私はリーダーじゃない。」

でも、あなたが親なら、あなたはその子供のリーダーです。夫たち、あなたは家族のリーダーです。あなたが上司なら、あなたはリーダーです。教会で、ミニストリーをして、誰かがあなたについていくなら、あなたはリーダーです。

そして、もしあなたがリーダーなら、私たちはイエス様の例に従うべきです。あなたについていく人を世話するべきです。あなたの必要よりも、彼らの必要を考えるべきです。また出来るだけ、彼らの傷を癒し、彼らを導くべきです。

イエス様は、私たちのためにそうしました。私たちも周りの人々のためにそうしましょう。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: エゼキエル書, 大預言書, 旧約聖書 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中