エレミヤ書31章1-26節ーー天の父の心

私はこの箇所が大好きです。なぜなら、この箇所は私たちの天の父の心を表しているから。

主は遠くから、私に現われた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」(3)

この箇所では、エレミヤはイスラエルの将来の癒しについて話します。その言葉の中に自分の民に対する神様の心を見ることができます。8-9節に、神様はイスラエル人を自分の土地に帰らせると約束します。その時、自分の過去の罪のために泣く人もいるし、神様の憐みを感謝するために泣く人もいます。そのとき、神様はこう言いました。

わたしは彼らを、水の流れのほとりに導き、彼らは平らな道を歩いて、つまずかない。わたしはイスラエルの父となろう。エフライムはわたしの長子だから。」(9)

私たちは何回も神様の憐み深い心を見ることができます。自分の子供は反抗的な態度なのに、神様は永遠の愛を持って、彼らを愛しました。

わたしは、エフライムが嘆いているのを確かに聞いた。『あなたが私を懲らしめられたので、くびきに慣れない子牛のように、私は懲らしめを受けました。私を帰らせてください。そうすれば、帰ります。主よ。あなたは私の神だからです。私は、そむいたあとで、悔い、悟って後、ももを打ちました。私は恥を見、はずかしめを受けました。私の若いころのそしりを負っているからです』と。エフライムは、わたしの大事な子なのだろうか。それとも、喜びの子なのだろうか。わたしは彼のことを語るたびに、いつも必ず彼のことを思い出す。それゆえ、わたしのはらわたは彼のためにわななき、わたしは彼をあわれまずにはいられない。――主の御告げ――(18-20)

だから、神様は自分の民に言った。

おとめイスラエルよ。帰れ。これら、あなたの町々に帰れ。裏切り娘よ。いつまで迷い歩くのか。(21-22)

この箇所から、私たちは何を学ぶことができますか。神様は私たちを愛することを決して止めない。私たちが神様から立ち去っても、神様は私たちの戻りを待ち望みます。

ある歌はその真理を良く表します。

全能の神、
永遠の神、
動かない岩、
力ある神、素晴らしい神、
勝利の戦士、
王の王、
強い戦勝者

その神が走るのを一度しか見たことがない。

神様は私の所に走って、
私を抱いて、
「私の息子は帰りました」と言った。

神様は私の頭をあげて、
私の涙を吹いて、
赦しの声で言った。
「私の子。私があなたをまだ愛していることを知っているでしょうか。」

私はびっくりしました。
なぜなら、神様は走ったから。

ーーベニー・ヘスター

神様。私が罪を犯しても、また失敗しても、また、あなたから立ち去っても、あなたが私をまだ愛してくださり、感謝します。あなたの永遠の愛を感謝します。あなたが私のために待つだけではなくて、私の所に駆け寄って下さることを感謝します。あなたを愛します。アーメン。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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