エゼキエル書19章ーー私たちの国の希望はどこから来るか

私たちの国の希望はどこから来るでしょうか。

イスラエル人は自分のリーダーたちに信頼しました。そのリーダーたちの力と知恵によってイスラエルが栄えるように希望しました。そして、アッシリヤの軍隊やバビロンの軍隊が攻撃した時に、イスラエル人は自分のリーダーたちに救いを求めました。

でも、彼らの希望は虚しかったです。この箇所はそのことについてです。

雌獅子はイスラエルでした。その最初の子獅子はエホアハズでした。彼はユダの王になったけど、三か月後、彼はエジプトに追放されて、死にました。

エホヤキムは次の王になったけど、彼はユダを救うことができなかった。むしろ、彼はエジプトのしもべになった。そして、バビロンはエジプトを打ち破った時、バビロンのしもべになった。そのあとで、彼はバビロンに追放されました。

だから、

雌獅子は、待ちくたびれ、自分の望みが消えうせたことを知ったとき、子獅子のうちのほかの一頭を取り、若い獅子とした。(5)

その若い獅子はエホヤキンでした。でも、彼もバビロンに追放されました。

だから、エゼキエルはイスラエルのために悲しんでいました。以前、イスラエルは実りが良い枝のようでした。国々の中で、イスラエルは強かった。しかし、自分の罪によって、ユダは、

憤りのうちに引き抜かれ、地に投げ捨てられ、東風はその実を枯らし、その強い枝も折られて枯れ、火に焼き尽くされた。(12)

そして、ユダは、

荒野と砂漠と、潤いのない地に移し植えられ「た」。(13)

つまり、彼らはバビロンに追放されました。(10-14)

だから、結局イスラエル人が委ねた王は皆、いなくなりました。

多くの国々の希望は、そのリーダーたちにあります。そのリーダーの知恵と力によって、その国が栄えるように望みます。しかし、その国民は神様に背を向けて、自分の道を行きます。私たちのリーダーが良くても、命の源から離れたら、国が枯れ始めます。もしそのリーダーが悪かったら、その国はもっと早く枯れます。

国の救いは政治家にありません。国の救いは人々の心から始めます。一人一人が神様に向かって、自分の心を捧げたら、国は変わり始めます。

私は政治が大切じゃないと言っているでしょうか。違います。でも、私たちの国は神様に向かわないと、希望が全然ないです。だから、あなたは何をしているでしょうか。周りの人々に神様の愛をもって触れているでしょうか。

神様は私たちを暗闇の光になるように呼びかけます。私たちはその光になりましょう。神様だけがこの国の希望です。神様だけがこの世界の希望です。

 

 

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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