エレミヤ書13章1-11節ーー何の役にも立たない

「どうして私たちはこの世にいるのだろう。神様は私たちのために目的があるのだろうか。」

私たちは二つの目的があります。一つ目は神様を知ることです。二つ目は、神様の代表として、この世に触れることです。

もし私たちがクリスチャンになって、すぐに天国に行くと、最初の目的を果たすことができます。でも、二つ目の目的を果たすために私たちはこの世にいるべきです。(もしあなたが著者だったら、あなたが死んでも、あなたの本は人々に影響を与えるかもしれないけど)。

でも、この世では、私たちは何の役にも立たない人々になる可能性があります。つまり、神様はこの世に触れるために、私たちを全然用いることができない。

どうやって、クリスチャンたちはそのような人になることができるでしょうか。神様はユダ人たちにこう言った。

わたしは、イスラエルの全家とユダの全家をわたしに結びつけた。――主の御告げ――それは、彼らがわたしの民となり、名となり、栄誉となり、栄えとなるためだったのに、彼らがわたしに聞き従わなかったからだ。(11)

つまり、神様はイスラエルとユダを通して、周りの国々に光を照らしたかった。つまり、その人々がイスラエルとユダに神様がいることを見て、神様に近づくことを望みました。でも、イスラエル人とユダ人は神様に従わなかった。だから、神様はエレミヤを通して、彼らにビジョンを与えました。

エレミヤは亜麻布の帯を買って、腰に締めました。そのあとで、彼はその亜麻布をの帯を岩の割れ目に隠しました。多くの日を経った後に、エレミヤはその帯を取り出したが、

なんと、その帯は腐って、何の役にも立たなくなっていた。(7)

そして、神様はエレミヤはこう言った。

わたしはユダとエルサレムの大きな誇りを腐らせる。わたしのことばを聞こうともせず、自分たちのかたくなな心のままに歩み、ほかの神々に従って、それに仕え、それを拝むこの悪い民は、何の役にも立たないこの帯のようになる。(9-10)

私たちが誇って、神様に背を向けて、神様の声を聴かずにかたくなな心のままに歩んで、この世の神々(偶像や、お金や、持ち物など)を求めると、私たちはその帯のようになります。私たちは腐って、何の役にも立たないようになります。

私はそのような人になりたくないです。

私は英語の歌「私の心を清めてください」が大好きです。

私の心の一つの願いは
清くなることです。
あなたのために聖別されたいです。
私は清くなることを選択します。
私の主のために聖別されることを選びます。
あなたの心に従うために準備します。

主よ。私があなたのために役に立たない者になりたくないです。私の自己中心の態度を赦して下さい。私の頑固な態度を赦して下さい。私を清めてください。私が聖い器になりますように。私を用いてください。私があなたのために聖別されるように。私があなたに従う心があるように。そして、私があなたのために周りの人々に触れるように助けてください。アーメン。

 

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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