エレミヤ書9章10-26節ーー自慢できること

主はこう仰せられる。「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行なう者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。――主の御告げ――(9:23-24)

ユダ人たちは自分の知恵と力について自慢していました。あるユダ人たちは割礼をしたので、「私たちは神様の民」だと思いました。でも、彼らが神様に背を向けて、自分の道を行っていたので、その自慢したことは無意味でした。だから、すぐに裁きは来ました。

あなたはどうですか。何について自慢しているでしょうか。あなたの教育でしょうか。あなたの仕事でしょか。あなたの富でしょうか。あなたの立場でしょうか。あなたの持ち物でしょうか。

あなたが神様を知らないなら、その物は無意味です。

でも、神様について知っていることだけでは不十分です。たくさんの人々は神様について知っています。サタンは私達よりも神様について知っています。

しかし、私たちは本当に神様を知っているでしょうか。神様と親しい関係があるでしょうか。神様が喜ぶ事は私たちも喜ぶし、、神様が嫌いな物は私たちも嫌いでしょうか。また、神様が喜ぶことや、嫌いなものを私たちは知っているでしょうか。

神様を知っている事は本当に自慢できることです。それは、一生のプロセスです。なぜなら、神様は私たちの心が神様の心のように変えられることを望まれているからです。

あなたは神様を知るために、どれぐらい時間を取るでしょうか。あなたは神様との関係のために時間を取るでしょうか。あなたにとって、それは一番大切なことでしょうか。

パウロはこう書いた。

それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。(ピリピ3:-11)

あなたにはそのような情熱があるでしょうか。イエス様を知ろうとする情熱があるでしょうか。

イエス様、あなたをもっと知りたいです。私の魂に火をつけてください。私が心を尽くしてあなたを求めるように。多くの場合、その火があまり輝かない。私にもう一度その情熱を与えてください。私がすべてのものよりも、あなたを愛するように。私に対しては、他のものがあなたと比べると、ちりあくたになるように。私にあなたの栄光を現してください。アーメン。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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