イザヤ書57:14-21--平和への道

神様は反抗したイスラエル人たちを叱った後で、へりくだっている人々に憐れみを注いだ。神様はこう言った。

盛り上げよ。土を盛り上げて、道を整えよ。わたしの民の道から、つまずきを取り除け。(14)

この箇所では、神様は追放されたイスラエル人たちがバビロンから帰宅するのを預言しています。だから、神様は言った。「私の民の帰宅のために道を整えよ。つまずきを取り除きなさい。」

そして、神様はクロス王の心を変えたので、クロス王はイスラエル人たちを自分の国に帰らせた。

でも二つ目の意味もあると思います。つまり、イスラエル人が神様の所に帰る道にはつまずきがあった。そして、神様は自分自身で、そのつまずきも取り除いた。

神様は私たちが義人になるために待っていなかった。むしろ、神様はその前に、イエス様をこの世に送って、イエス様が私たちの罪のために死にました。その働きによって、私たちは赦されました。

じゃあ、私たちはどうしたら良いでしょうか。へりくだりになって悔い改めましょう。そうすると、神様は私たちにこう言います。

いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名を聖ととなえられる方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。わたしはいつまでも争わず、いつも怒ってはいない。わたしから出る霊と、わたしが造ったたましいが衰え果てるから。彼のむさぼりの罪のために、わたしは、怒って彼を打ち、顔を隠して怒った。しかし、彼はなおそむいて、自分の思う道を行った。わたしは彼の道を見たが、彼をいやそう。わたしは彼を導き、彼と、その悲しむ者たちとに、慰めを報いよう。わたしはくちびるの実を創造した者。平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼をいやそう」と主は仰せられる。(15-19)

わたしはいつまでも争わず、いつも怒ってはいない。

私はその言葉が大好きです。多くの人々は神様を恐れて、彼らが罪を犯すと神様からの罰を待ちます。でも、悔い改めたら、神様はすぐに赦して下さいます。神様は私たちを義の道に導き、慰め、私たちの傷を癒してくださいます。その結果は?

平和。

でも多くの人々は、自分の道の虚しさが分からない。だから、彼らは自分の心を堅くして、悔い改めずに、自分の道を行き続けます。神様は彼らに関して、こう言います。

しかし悪者どもは、荒れ狂う海のようだ。静まることができず、水が海草と泥を吐き出すからである。「悪者どもには平安がない」と私の神は仰せられる。(20-21)

あなたはどうですか。平和があるでしょうか。神様があなたの罪を赦した平和があるでしょうか。神様はもうあなたに対して怒っていないと分かっているでしょうか。

へりくだりの心の平和を知っているでしょうか。悔い改める心の平和を知っているでしょうか。あなたの道を去って、神様の道を行っていますか。それは平和の道です。

あなたはどの道を行くでしょうか。

 

広告

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: 旧約聖書 タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中