イザヤ書42章1-17節ーー正義と希望を与える方

このイエス様に関しての預言が大好きです。天の父はこう言います。

見よ。わたしのささえるわたしのしもべ、わたしの心の喜ぶわたしが選んだ者。わたしは彼の上にわたしの霊を授け、彼は国々に公義をもたらす。。。まことをもって公義をもたらす。彼は衰えず、くじけない。ついには、地に公義を打ち立てる。島々も、そのおしえを待ち望む。(1、3-4)

英語では、この質問をよく聞きます。「誰がこの世界がフェアだと言うでしょうか。」

この答えは「だれもそう言わない。この世界はフェアじゃないから。」

この世界では、私たちはよく不正義を見ます。例えば、何回も裁判官は犯罪者を開放する。

でも、ある日、イエス様はこの世に戻ります。その日、イエス様はこの不公平な世界に、正義を打ち立てる。人々はイエス様の前に立って、自分の行動のために申し開きをしなくてはならない。そして、イエス様はその人を正しく裁きます。

でもイエス様は正義だけを持って来ない。砕かれている人に、また苦しんでいる人に、イエス様は癒しを与える。希望のない人にイエス様は希望を与える。

私は3節が大好きです。

彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともなく。。。

また、6-7によれば、イエス様は、

国々の光とする。こうして、見えない目を開き、囚人を牢獄から、やみの中に住む者を獄屋から連れ出す。

多くの人々は暗闇に住んでいます。彼らは神様の良さを見ることができない。彼らは罪の囚人で逃げられない。でもイエス様は私たちの目を開いて、私たちを暗闇から解放して、神様の素晴らしい光に導いてくださいます。

16節にこう書いてあります。

わたしは目の見えない者に、彼らの知らない道を歩ませ、彼らの知らない通り道を行かせる。彼らの前でやみを光に、でこぼこの地を平らにする。これらのことをわたしがして、彼らを見捨てない。

だから、イエス様にあって、私たちには喜びがあります。

ある日、私たちはこの歌を歌います。

主に向かって新しい歌を歌え、その栄誉を地の果てから。海に下る者、そこを渡るすべての者、島々とそこに住む者よ。荒野とその町々、ケダル人の住む村々よ。声をあげよ。セラに住む者は喜び歌え。山々の頂から声高らかに叫べ。主に栄光を帰し、島々にその栄誉を告げ知らせよ。(10-12)

希望と正義。イエス様はそれらを持って来るためにこの世に来ました。

主よ、あなたが正義の神である事を感謝します。ある日、私たちがこの世にその正義を見ることを感謝します。その日が来るまで、私がこの世の悪を見る時、私があなたに信頼し続けて、希望を失わないように。

あなたが希望の神であることを感謝します。私があなたの希望の使節になるように。私が見えない目を開けるように、また、囚人を開放するように。私の目も開いて下さい。私が周りの人々の必要が見えるように。私があなたの目と耳と口と手と足になるように。アーメン。

 

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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