イザヤ書28章23-29節ーー知恵はどこから来るか

「神様は物理学を理解できるだろうか。生物学だろうか。テクノロジーだろうか。神様は本当にそんなことが理解できるだろうか。」

多くの人々はそのように考えます。

イザヤの時代でも、人々は神様の知恵を疑った。だから、彼らは、何回も神様に信頼しなかった。

だからこの箇所では、神様はイスラエル人に彼らの農業の知識がどこから来たか訊きます。

今まで私は考えていなかったけど、神様がアダムとエバを造って、エデンに置いたから、多分神様は彼らに根本的な農業の技術を教えたかもしれない。

そして、時間が経てば経つほど、神様はアダムとエバの子孫にもっと高度な技術を教えた。直接教えなくても、彼らに知恵を与えて下さったから、結局彼らは自分でその技術を学びました。

だから、神様は自分の質問に答えます。

農夫を指図する神は、彼に正しく教えておられる。(26)

また、

これもまた、万軍の主のもとから出ることで、そのはかりごとは奇しく、そのおもんぱかりはすばらしい。(29)

神様のポイントは?

私たちの知識はもともと神様から来た。何世紀にもわたって、私たちはいろんなことを学んだけど、神様は最初から知っていました。私たちが学んだことの中で、神様が知らないことはないです。

神様は科学や、政治学や、経済学や、心理学や、人間関係などが分かります。私たちが良い人生のために何が必要か、神様はよくご存じです。

それなら、なぜ私たちは神様に信頼しないでしょうか。

多くの場合、私たちは神様の御言葉を読んで、言います。「神様、あなたは分からない。私たちの社会が分からない。私の必要が分からない。分かれば、あなたの御言葉で、このようなことを言うはずがない。」

でも、私たちがそのように考えると、私たちの心は、神様を小さくする。

神様は偶然に私たちを造らなかった。神様は指を鳴らして、急にすべてを造って、そして、そのあとで、「どうやってすべてを造っただろうか」と言わなかった。

神様はすべてをご存じです。全てを理解されています。神様にあって私たちが必要な知恵があります。だから、神様をあなたの心の中で小さくしないでください。神様をありのまま見ましょう。

パウロが言ったように、

ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。(ローマ11:33-36)

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I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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