イザヤ書25章–死が滅ぼされる時

2011年に、私の父は入院して、健康状態が非常に悪いと聞きました。私の母と姉はどれぐらい父が生き続けるか分からなかった。dad-photo

それを聞いて、私の家族は父を見舞うためにハワイに帰省しました。私たちがハワイにいる間に、私の父は亡くなりました。

多くの人々にとって、死は苦しいことです。

父の最後の週に、私は毎晩父の部屋にいて、待ちました。彼はずっと寝て、全然起きなくて話さなかった。それでも、私は父とよく話した。父は私の言うことを聞こえていたかどうか分からない。その時は本当に辛かった。

ある日、私は朝12時に兄の家に戻って、姉は私の代わりにその部屋にいて待ちました。5時後で、私の父は最後の息をした。

死は本当に苦しいことです。

でもある日、死も無くなります。

この箇所ではイザヤはイエス様が帰ってくることについて話します。イザヤはその事についてこう言います。

この山の上で、万民の上をおおっている顔おおいと、万国の上にかぶさっているおおいを取り除き、永久に死を滅ぼされる。神である主はすべての顔から涙をぬぐい、ご自分の民へのそしりを全地の上から除かれる。主が語られたのだ。(7-8)

その日、皆は神様にこの賛美を歌います。

見よ。この方こそ、私たちが救いを待ち望んだ私たちの神。この方こそ、私たちが待ち望んだ主。その御救いを楽しみ喜ぼう。(9)

父が亡くなった時は、糖尿病や肺炎を患っていたし、もう目が見えなかったし、足に全然治らない傷があった。

でも、今その健康の問題は全部無くなった。父の苦しみと痛みのすべては勝利に飲まれた。(第一コリント15:54)

だから、父は大きな声で天国の皆と一緒に救いの歌を歌っています。毎日、父は主の食卓で食べています。

もう一度私の父に会うことを楽しみにしています。

私はある歌が大好きです。この歌を聞くと、私の父について考えます。私達の希望について考えます。

毎日私は重荷を背負っている。
だから時々私は泣きたくなる。
私の心の中に絶望の思いがある。
だから、私の頭を上げることは難しい。

その人生の暗闇の中に
私は生きる力を見つける。
イエス様の約束を握っているから。
つまり、もうすぐイエス様が帰ってきて、私たちは天国に行くことを知っている。

もうすぐ私たちは天国に行く。
その時私たちはもう泣く必要がない。
私達の悲しみはもう私たちについてこない。

私はその日を待っています。

その日を願っています。

その日を待ち望んでいます。

ーー エイミー・グラント

あなたはキリストにある希望を見つけられるように。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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