イザヤ書19章ーー祝福を得るために打たれた。人々を祝福するために打たれた。

子供の時に、私はよくしつけられた。もちろんそれは楽しい思い出じゃないです。でも振り返ると、私は父に感謝しています。なぜなら、そのしつけによって私は人として成長したから。

そのように神様は私たちをしつけます。でも多くの人々のイメージと違って、神様は怒りの神じゃないです。むしろ、神様は私たちを祝福したいと思っておられます。

この箇所の最初の部分では、モーセの時代のように、神様はエジプトを厳しく裁いていた。でも急に神様のトーンが変わります。

その日、エジプトの国には。。。万軍の主に誓いを立てる五つの町が起こり。。。彼らがしいたげられて主に叫ぶとき、主は、彼らのために戦って彼らを救い出す救い主を送られる。そのようにして主はエジプト人にご自身を示し、その日、エジプト人は主を知り。。。主はエジプト人を打ち、打って彼らをいやされる。彼らが主に立ち返れば、彼らの願いを聞き入れ、彼らをいやされる。(18,20-22)

それだけではなくて、神様はエジプトの敵アッシリヤ人の心の中に働くと約束した。そしてエジプト人とアッシリヤ人に関して、神様はこう言いました。

その日、エジプトからアッシリヤへの大路ができ、アッシリヤ人はエジプトに、エジプト人はアッシリヤに行き、エジプト人はアッシリヤ人とともに主に仕える。その日、イスラエルはエジプトとアッシリヤと並んで、第三のものとなり、大地の真ん中で祝福を受ける。(23-24)

この箇所を読んだ時、ちょっと驚いた。なぜなら、普通は神様はイスラエルだけに関してそのような言葉を言いますから。でもこの箇所によると、神様に戻る人々皆を神様は受け入れる。

もちろん、私たちが罪を犯すと神様は私たちを打ちます。でも、神様の望みは、私たちが悔い改めることです。そうすれば、神様は私たちを癒してくださる。

それだけではなくて、神様は私たちを祝福したいです。そして、神様は私たちが周りの人々に対して祝福になるように望みます。

神様は今あなたを懲らしめているでしょうか。あなたの罪によって、あなたの状況は辛いでしょうか。

神様に向かって悔い改めてください。神様は私たちを打ちたくないです。むしろ私たちを祝福したいです。私たちが周りの人々に対して呪いになることを望まない。むしろ、私たちが周りの人々に対して祝福になることを望みます。

だから、へブル人への手紙の著者の言葉を思い出してください。

主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。(へブル12:5-6)

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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