列王記第二16章10-16節;歴代誌第二28章5-15節;イザヤ書8-9章ーー私たちが立てられる岩、つまずきの岩

妥協。私たちの信仰を妥協するのは時々本当に簡単なことです。

私たちが神様のために決断しなくてはならない時に、私たちはどうするでしょうか。神様に従うでしょうか。もしくは他の人からのプレッシャーに負けるでしょうか。

二人の預言者たちイザヤとオデデは神様に従った。ある祭司ウリヤはプレッシャーに負けた。

ユダの罪のために、神様はアハズの軍隊をイスラエルの軍隊の手に渡された。でも、イスラエル人たちはユダ人の物だけを取らなくて、ユダ人たちもイスラエルまで連れて行って、彼らを奴隷にしようと思っていた。

でも、サマリヤに入る前に、オデデはイスラエル人の前に立ってに言った。

見よ。あなたがたの父祖の神、主がユダに対して憤られたため、主はあなたがたの手に彼らを渡された。ところが、あなたがたは天に達するほどの激しい怒りをもって彼らを殺した。今、あなたがたはユダとエルサレムの人々を従えて自分たちの男女の奴隷にしようとしている。しかし、実はあなたがた自身にも、あなたがたの神、主に対して罪過があるのではないか。1今、私に聞きなさい。あなたがたが自分の同胞をとりこにしたそのとりこを帰しなさい。主の燃える怒りがあなたがたに臨むからです。(歴代誌第二28章9-11)

オデデにとってはそのメッセージを伝えることは難しかったと思う。ユダ人たちはたくさんの悪いことをしたけど、イスラエル人はもっと酷い人々だった。でも、この一人の預言者はその軍隊の前に立って「あなたたちは悪い」と言わなくてはならなかった。

私がオデデなら、こう考えたかもしれない。「彼らは私の言葉に絶対に従わないだろう。なぜそんなメッセージを伝えなくてはならないだろうか。私はきっと殺されるだろう。」

でも、オデデは彼らの前に立って神様のメッセージを伝えた。そして、彼らはオデデの言葉に従って、ユダ人たちに衣服と薬と食べ物を与えて、解放した。

でも、ウリヤは全然勇気を持たずに神様の言葉をアハズ王に伝えなかった。それは信じられないことです。なぜなら、ある時、神様は「ウリヤはわたしの確かな証人」と言っていたから。(イザヤ8:2)

でも列王記第二によると、アハズはウリヤにアッシリヤの神々のために祭壇を造って、全焼のいけにえを捧げるプレッシャーを与えた。そして、モーセの兄アロンのように(出エジプト32章)ウリヤはそのプレッシャーに負けた。アハズのためにその祭壇を造ってその偶像を礼拝し始めた。

神様はイザヤにそのような妥協について警告した。(イザヤ書8:11-21)

例えば、神様はイザヤに言った。

この民が謀反と呼ぶことをみな、謀反と呼ぶな。(8:12)

ヘブル語で「謀反」というのは他の意味があります。それは「同盟」です。

だから、この箇所を「この民が同盟と呼ぶことをみな、同盟と呼ぶな」と翻訳できる。

その翻訳が正しいと、その意味は、たくさんのユダ人がアッシリヤとの同盟を望んだということになります。なぜなら、イスラエルとアラムは同盟を結んでユダを攻撃しているから。

でも、神様は言った。「妥協しないでください。不敬虔な国と同盟を結ぶな。このイスラエルとアラムの同盟を恐れるな。周りの人々を恐れるな。むしろ、私を恐れなさい。そうすれば、私はあなたの聖所になります。」(イザヤ書8章12-14)

また神様は言った。「霊媒に尋ねるな。私に尋ねなければならない。どうして光のない人々に相談するでしょうか。そうすると、あなたは苦悩の暗やみだけを見つける。」(19-22)

神様はイザヤに言った。

[主は]イスラエルの二つの家には妨げの石とつまずきの岩、エルサレムの住民にはわなとなり、落とし穴となる。多くの者がそれにつまずき、倒れて砕かれ、わなにかけられて捕らえられる。(14-15)

新約聖書の著者がその個所を引用するときに、彼らが言ったのはその岩がイエス様であることです。つまり、イエス様はイスラエルの民に対してつまずきになる事です。ペテロはこう書いた。

彼らがつまずくのは、みことばに従わないからですが、またそうなるように定められていたのです。第一ペテロ2:8)

その「御言葉」は「悔い改めてください。あなたの罪が赦されるためにイエス・キリストを信じてください。」というメッセージです。

でも、私たちが神様に背くと、神様は私たちに対してつまずきの岩になります。そしてユダ人とイスラエル人が砕かれたように、私たちの背きによって私たちも倒れて砕かれます。

だから私たちは選択があります。神様に背いて倒れることです。もしくは神様を私たちの基礎にすることです。また神様を私たちの人生の礎石にすることです。

そうするとどうなるでしょうか。ペテロはこう書いた。

彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。(第一ペテロ2:6)

イザヤとオデデのようになりましょう。プレッシャーが来ても妥協しないでください。むしろ、私たちの岩イエス・キリストの上に立ちましょう。

イザヤのように言いましょう。

私は主を待つ。。。私はこの方に、望みをかける。(イザヤ8:17)

 

 

 

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: イザヤ書, 列王記第二, 大預言書, 旧約聖書, 歴史書, 歴代誌第二 タグ: , パーマリンク

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