列王記第二15章32-28節;歴代誌第二27章1-9–ほとんど完璧だけど、

この箇所では、私たちはユダの王ヨタムの短い話を読みます。彼はほぼ良い王でした。歴代誌第二によると、

彼はすべて、主の目にかなうことを行なった。父ウジヤが行なったとおりである。ただし、彼は、主の神殿に入るようなことはしなかった。(歴代誌第二27:2)

ウジヤ王の話を覚えているかどうか分からないけど、彼が香を焚くために主の神殿に入ってしまったので、神様は彼を裁いた。(祭司たちだけがその仕事をするべきとされていました。)(歴代誌第二26:18-19)

とにかく、ヨタムの治世は大成功でした。例えばアモン人と戦った時に、彼らに打ち勝った。どうして成功したでしょうか。

彼が、彼の神、主の前に、自分の道を確かなものとしたからである。(歴代誌第二27:6)

でも、ヨタムは完璧な王じゃなかった。どうしてでしょうか。2節にこう書いてあります。

民はなお滅びに向かっていた。(歴代誌第二27:2)

「滅びに向かっていた」とは、どういう意味でしょうか。

列王記第二によると、

ただし、高き所は取り除かなかった。民はなおも高き所でいけにえをささげたり、香をたいたりしていた。(列王記第二15:35)

ヨタムは主の前に自分の道を確かなものとしたけど、その民はそうしなかった。そのような行動のために、ホセアやイザヤはそのユダの民を責めた。

もっと悪かったのは、ヨタムは息子アハズに主の礼拝を教えなかったようです。だから、アハズが王になると、彼はユダ人をますます偶像礼拝に導いた。

私たちは何を学ぶことができますか。私たちは神様とともに歩んで神様の心に従っているかもしれないけど、私たちには自分が影響を及ぼす範囲というものがあります。それは私たちの伴侶や子供や隣人や同僚です。

私たち自身が神様を仕えることだけでは、十分じゃないです。神様に私たちが与えられた人々に影響を与えるべきです。

そうしないと、神様は私たちをそのために裁きます。

もちろん、私たちは他の人々が良い決断をすることを強制することができない。また、他の人々が主に仕えることを強制することもできません。

でも、私たちに権威がある場合、特に、私たちの子供に対して、できるだけ彼らに神様について教えるべきだし、彼らが神様に従うように導くべきです。

あなたの影響の範囲は何ですか。神様は誰をあなたに与えたでしょうか。あなただけが主に仕えることだけで満足でしょうか。もしくはあなたは他の人々を主の道に導いているでしょうか。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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