イザヤ書3章8節―4章1節–私たちの罪を表すこと

イザヤ書3章9節を読んで、私はこの箇所が本当に印象に残っています。

彼らの顔つきが、そのことを表わしている。彼らは罪を、ソドムのように現わして、隠そうともしなかった。ああ、彼らにわざわいあれ。彼らは悪の報いを受けるからだ。

日本の社会については分からないけど、アメリカの社会では、そのような人々は増えている。彼らは罪を犯すけれど、もう恥ずかしいと思うことはありません。むしろ、彼らは誇っている。彼らは自分の罪について自慢する。もし、誰かが彼らの振る舞いが罪だと言うと、彼らはこう返事する。「あなたは偏狭だ。」

ソロモンはこう書いた。「日の下には新しいものは一つもない。」(伝道者の書1:9)

それは本当です。ソドムの罪は決して消えていなかった。それに、ソドムの罪は悪かったけど、私たちの罪もそんなに違いはありません。

でも、罪を犯すと、恥が来る。

この箇所で、イザヤは貧しい人々を虐げた金持ちたちを責めた。またその妻たちを責めた。多分彼らは二つの方法で自分の罪を表した。一つ目は、夫たちが貧しいものを虐げることによって金持ちになったのに、その妻たちが貧しい者の前に自分の富を見せびらかしたことです。二つ目は、性的な罪を犯したかもしれないことです。イザヤはこう書いた。

シオンの娘たちは高ぶり、首を伸ばし、色目を使って歩き、足に鈴を鳴らしながら小またで歩いている。(3:16)

でも、イザヤは彼らに警告した。ある日彼らの富は全て取られます。戦争が起こって、彼らは追放される。その日、彼らの富が取られて、彼らの恥しか残らない。

こうして、良いかおりは腐ったにおいとなり、帯は荒なわ、結い上げた髪ははげ頭、晴れ着は荒布の腰巻きとなる。その美しさは焼け傷となる。あなたの男たちは剣に倒れ、あなたの勇士たちは戦いに倒れ、その門はみな、悲しみ嘆き、シオンはさびれ果てて地に座す。その日、七人の女がひとりの男にすがりついて言う。「私たちは自分たちのパンを食べ、自分たちの着物を着ます。私たちをあなたの名で呼ばれるようにし、私たちへのそしりを除いてください。」(3:24-4:1)

4章1節はちょっと分かりにくいけど、当時、彼らの文化では夫と子供がいない女性は恥ずかしい存在だとされていました。

でも、戦争で彼らの夫たちは亡くなってしまうので、男性たちはあまり残らない。しかし、彼女らは夫になる男性を必死に探したので、その男性が彼女をうまく世話できないのに、その人と結婚したくなる。

この箇所のポイントは、罪を犯すと恥が来る。あなたの罪を表すかもしれない。あなたの罪について自慢するかもしれない。でも結局、あなたには恥しか残らない。

だから、この世の人々と異なって、罪を愛さないでください。むしろ罪から逃げて、私たちの恥を主に取っていただき、私たちに栄光と誉を与える神様を求めましょう。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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