列王記第二6章18-23節ーー悪に善を報いること

「もし私が彼を捕まえたら。。。」

「いつどこでどうなるかわからないだろうけど、いつかきっと(復讐してみせる)・・・」

あなたは、そのようなことを言ったことがありますか。私たちが傷ついたら、そのような思いは珍しくない。でも、神様は私たちがそのように生きることを望まない。

この話で、アラム人の軍隊がエリシャが泊まっていた都市を包囲したが、神様は彼らを打って、盲目にされた。彼らがまったく見ることができなかったかどうか知らない。そうじゃないかもしれない。ある可能性は、彼らの目が見えたけど、何を見たか分からなかったかもしれない。例えば、イエス様がよみがえられた後で、マグダラのマリアと二つの弟子たちはイエス様を見たけど、すぐにイエス様だと分からなかった。

もし、その軍隊がまったく見ることができないと、サマリヤまで歩くのがかなり大変だと思う。私の想像だけど。

とにかく、結局、イスラエルの王ヨラムはエリシャの助けによって、その軍隊を捕まえた。そして、ヨラムはエリシャに訊いた。

私が打ちましょうか。私が打ちましょうか。わが父よ。(21)

多分、ヨラム王は考えた。「これはチャンスだ。敵を打てば大きい勝利になる。」

また「私たちが何もしなかったのに、彼らは私たちを攻撃した。彼らは死に値するだろう。」

でも、エリシャは答えた。

打ってはなりません。あなたは自分の剣と弓でとりこにした者を打ち殺しますか。彼らにパンと水をあてがい、飲み食いさせて、彼らの主君のもとに行かせなさい。(22)

ヨラム王はエリシャの言葉に従ったので、アラム人は恥ずかしくなって、しばらくイスラエルを攻撃するのを止めた。

人々はあなたを傷つけると、あなたはどう反応するでしょうか。神様は私たちがこの世の人々が反応するように望まない。むしろ、私たちがイエス様の模範に従うことを望みます。

イエス様は、からかわれて、打たれて、十字架で付けれたのに、敵を赦した。それに、彼らの罪のために死にました。つまり、イエス様は彼らの悪に善を報いた。

パウロの言葉を思い出しましょう。

17 だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。

18 あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

19 愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」

20 もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。

21 悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。(ローマ12:17-21)

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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