列王記第二2章19-22節ーー死んでいる土地、また実を結ばない土地で塩になる事

この国は沼地だ。やがてお前にもわかるだろうな。この国は考えていたより、もっと怖ろしい沼 地だった。どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる。葉が黄ばみ枯れていく。我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった。(231)

それは遠藤周作の小説「沈黙」の中で、棄教した教父クリストヴァン・フェレイラの言葉です。その話の中で、フェレイラは他の神父を日本でキリスト教を広げる努力が空しい事を説得しようとした。

今でも、日本にクリスチャンはあまりいないです。クリスチャンは日本の人口の1%以下です。ずっとクリスチャンの宣教師が来ても、その状態はあまり変わっていない。

日本が宣教師の墓地だと聞いたことあります。多くの宣教師は、希望を持って日本に来たのに、結局がっかりして帰ります。

この箇所を読んで、そのことについて考えます。エリシャはある町に行って、その人々は言った。

あなたさまもご覧のとおり、この町は住むのには良いのですが、水が悪く、この土地は流産が多いのです。(19)

「この土地は流産が多い」というのは、二つの意味があるかもしれない。一つ目は、妊婦たちにとっては、流産が多かったかもしれない事です。二つ目は、その土地では、木は実をちゃんと結ばなかった事です。つまり、完熟する前に、実はいつも落ちて死んだらしい。

多くのクリスチャンは日本について、同じようなことを言います。「これは良い所です。また、日本人は本当に優しいです。でも、水は悪く、この土地に実を全然結ばない。頑張って、福音の種を捲いても、何も育たない。」

でも、エリシャは何を言ったでしょうか。彼は塩を水の源に投げ込んで言った。

主はこう仰せられる。「わたしはこの水をいやした。ここからは、もう、死も流産も起こらない。」(21)

イエス様は、そのようなことを日本にしたいです。イエス様は、私たちを地の塩だと呼びます。そして、イエス様は日本という沼に私たちを投げ込んで、その「水」を癒したいです。イエス様は、この根が腐る沼を変えて、生ける水、つまり聖霊様をその沼に注ぎたいです。そしたら、その沼がもはや死が治める場所でなくなり、肥沃な土壌になって、福音の種はちゃんと育つことができます。

でも、それが起こるためには私たちが塩にならなくてはならない。

イエス様はこう言った。

あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。(マタイ5:13)

どうやって、私たちの塩けはなくなりますか。この世の人のようになるなら、塩けをなくします。つまり、私たちの考え方や行動が、この世の人のと同じになることです。また毎日、私たちが神様中心にならず、自己中心になることです。また、天にあるものを思わず、地上の上の物を思うこと。いろんな方法で、私たちは塩けをなくしてしまいます。

私たちに訊かなくてはならないことは、「私はどれぐらい塩けがあるでしょうか」ということです。

もし、日本でリバイバルを見たいなら、また、日本が福音の種に対して肥沃な土壌になることを望んだら、私達が塩になることから始まる。神様は私たちを日本のための塩として呼びました。私たちは塩にならなくてはいけないです。

イエス様、この国は死んでいる。実を結ばないようです。あなたの言葉は、ここに根をおろさないようです。だから、たくさんの人々は滅びている。でもイエス様、あなたは、この種が腐る沼を生ける水の源に変えることができます。あなたの聖霊で私を満たしてください。私を用いてください。また、あなたの教会を用いて、この沼に塩を投げ込んでください。この沼を人を殺さずに、命を与える肥沃な土壌に、変えてください。主イエス・キリストの名によって祈ります。アーメン。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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