列王記第一18章19-46–本当の神様は誰?

これは、聖書の中で一つの素晴らしい対決です。それは、エリヤとバアルとアシェラの預言者の対決です。

でも、その対決の前に、エリヤは、その預言者たちと話せずに、イスラエル人と話しました。彼らは、ヤロブアム王とアハブ王の模範に従って、神様の礼拝を捨てずに、他の神々の礼拝と混ぜたらしいです。

だから、エリヤは叫んだ。

彼らは、ヤロブアムの模範に従って、神様の礼拝を捨てずに、他の神々の礼拝と混ぜたらしいです。(21)

この話を読むと、私は思います。「イスラエル人は神様が本当に存在するかどうか疑い始めたかだろうか。彼らが神様とバアルとアシェラを礼拝する理由は、神様が本当に存在するかどうか分からなかったからだろうか。もしかしたら、バアルもアシェラも本当に信じなかっただろうか。アハブ王の模範に従っただけだろうか。」

とにかく、エリヤはこの質問を訊いても、誰も答えなかった。全てのイスラエル人は沈黙した。

そして、対決は始まった。バアルの預言者たちはバアルの注目を引くために、踊ったり、祈ったり、槍と剣で自分自身の血を流したりしました。しかし、何も起こらなかった。だから、エリヤは彼をからかった。

もっと大きな声で呼んでみよ。彼は神なのだから。きっと何かに没頭しているか、席をはずしているか、旅に出ているのだろう。もしかすると、寝ているかもしれないから、起こしたらよかろう。(27)

でも、その預言者が何をしても、

何の声もなく、答える者もなく、注意を払う者もなかった。(29)

結局、エリヤはもうあきた。彼は、神様の祭壇を建て直して、その上に牡牛を載せた。そして、彼は言った。

四つのかめに水を満たし、この全焼のいけにえと、このたきぎの上に注げ(34)。

三回水をたきぎの上に注ぎました。そして、エリヤは祈りました。そうすると、

主の火が降って来て、全焼のいけにえと、たきぎと、石と、ちりとを焼き尽くし、みぞの水もなめ尽くしてしまった。(38)

イスラエル人はそう見ると、叫んだ。

主こそ神です。主こそ神です。(39)

もちろん、その通りです。主は石か木によって造られた偶像じゃないです。主は架空の人物じゃないです。主は私たちを見ることができる方です。主は私たちの声を聞くことができる方です。また、主は素晴らしいことを行うことができる方です。

しかしアハブ王が、まだ疑いがあったので、神様は大雨を降らせた。三年間ぶりに雨が降りました。

あなたはどうですか。主しか神がいないです。あなたは主に従っていますか。もしくは、イスラエル人のように、神様の存在を疑っているでしょうか。もしくは、アハブのように、証拠を見ても、神様を従わないでしょうか。

疑いを捨てましょう。また反抗的な態度を捨てましょう。むしろ、信仰によって、神様に従いましょう。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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