列王記第一14章1-20–侮れない神

ヤロブアムの話の興味深い点は、その話が短くても、ヤロブアムのレガシーが死の後でも、ずっと続いたことです。残念なことだけど、そのレガシーは全然良くなかった。列王記の中で、何回も、このような言葉を見る。「彼はヤロブアムの道に歩んだ」。また「ヤロブアムの罪を彼も犯し続けました。」

とにかく、この箇所に、ヤロブアムの息子が病気になったので、ヤロブアムは預言者アヒヤから神様の言葉を求めた。そのアヒヤは、以前、ヤロブアムに言った。「あなたは王になります。」

どれぐらい、私たちは、そのようなことをするでしょうか。どれぐらい、私たちは神様の言葉を無視するけど、トラブルが来る時に、神様を求めはじめるでしょうか。

でも、ヤロブアムは直接にアヒヤの所に行かなかった。その代わりに、自分の妻を送りました。なぜでしょうか。多分、彼は自分の罪が分かったから。彼はアヒヤの言葉に逆らって、イスラエルを偶像礼拝に導いたし、神様に忠実ではなかった。 ヤロブアムは妻に言った。

さあ、変装して、ヤロブアムの妻だと悟られないようにしてシロへ行ってくれ。(2)

実は、アヒヤは、もう盲人になっていたけど、彼は何も見ることができなくても、ヤロブアムよりも、霊的なことを見ることができた。神様がアヒヤにヤロブアムとその妻について注意したから、アヒヤは騙されなかった。そして、アヒヤは、ヤロブアムの妻に神様の裁きを宣言した。

私たちは、この話によって、何を学ぶことができますか。神様は侮られるような方じゃないことです。私たちは神様を騙すことができないです。変装しても、神様を騙すことができない。私たちの偽の敬虔な行動は神様を騙すことができない。もし、ヤロブアムのように、私たちは神様に背を向けたら、その罪のために裁かれます。

ある日、Facebookで、私は、この絵を見た。 というのは、「あなたは、選択する自由があります。しかし、あなたの選択の結果から、逃げられない。」 ヤロブアムは神様に信頼するかどうか選択しなくてはならなかった。神様は、彼にその自由を与えた。でも、ヤロブアムは信頼しないことを選んだので、その結果を受け入れなくてはならなかった。私たちも、その通りです。 時々、クリスチャンは言います。「私は罪を犯すけど、すぐに悔い改めるので、大丈夫になる。」

もちろん、あなたが本当に悔い改めたら、神様はあなたを赦します。もちろん、悔い改めたら、地獄に行かない。でも、この世にあるあなたの罪の結果から逃げられないかもしれない。例えば、不倫したら、あなたの結婚やあなたの評判やあなたの健康をなくすかもしれない。あなたの罪のためにどんなに泣いても、その結果から逃げられない。 だから、パウロの言葉を思い出しましょう。

思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。(ガラテヤ6:7)

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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