列王記第一12章25-33節ーー罪と言うのは。。。

日本の教会で、罪について話す時に、その定義をはっきりと説明しなくてはならない。なぜなら、この社会で、罪というのは犯罪という意味ですから。だから、多くの日本人は「罪」を聞くと、殺人や盗難など考えます。

でも、聖書によると、罪は犯罪だけではないです。また「悪い振る舞い」だけではないです。

罪の根は神様に信頼しないことです。また、不信仰の態度です。

つまり、私たちは神様にこう言います。「あなたを信じない。あなたの道が一番ベストだと思わない。あなたが私のベストを望むことを信じない。」

その態度は、いろんな罪という行動に導きます。

それは ヤロブアム王の問題でした。アヒヤという預言者を通して、神様はヤロブアムに言った。

35 しかし、わたしは彼[つまり、ソロモン]の子[レハブアム]の手から王位を取り上げ、十部族をあなたに与える。。。

37 わたしがあなたを召したなら、あなたは自分の望むとおりに王となり、イスラエルを治める王とならなければならない。

38 もし、わたしが命じるすべてのことにあなたが聞き従い、わたしの道に歩み、わたしのしもべダビデが行ったように、わたしのおきてと命令とを守って、わたしの見る目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにおり、わたしがダビデのために建てたように、長く続く家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与えよう。

ヤロブアムは、神様を信じて、レハブアムに背いた。でも、王になってから、彼は心配し始めた。「神様は、その約束を本当に守るだろうか。」と疑い始めた。

どうして、ヤロブアムは心配したでしょうか。なぜなら、神様の宮はエルサレムにありました。そして、エルサレムはユダにありました。(ヤロブアムの国はイスラエルの名前を取って、レハブアムの国は「ユダ」になりました。)20140907213454932

そして、神様は命令した、「エルサレムだけで、礼拝しなさい。他の所で、犠牲をささげるな。」(申命記12章1-14)

でも、ヤロブアムが恐れたのは、もし自分の民が神様を礼拝するために、エルサレムに行き続けたら、結局、彼らがヤロブアムに背いて、レハブアムに戻ることです。

だからヤロブアムは選択がありました。つまり、神様の約束を信じるかどうかです。神様が約束したのは、もし、ヤロブアムが神様に忠実に仕えたら、ずっとその国を支配することです。それを本当に信じるでしょうか。もしそうなら、その民は神様を礼拝するために、エルサレムに行っても、心配はないはずです。

でも、ヤロブアムは神様の約束を信じないことを選んだ。結果は?

ヤロブアムはイスラエルで偶像礼拝を始めた。多分、ヤロブアムはアロンの模範に従った。つまり、その偶像を建てた時に、彼は言った。「これはヤハウェです。ヤハウェを礼拝しなさい。」(ヤハウェは神様の本当の名前です。旧約聖書に「」という言葉を見ると、ヘブル語は「ヤハウェ」です。)

そして、ヤロブアムは別の礼拝する場所を作って、自分の祭司を雇いました。モーセを通して神様が確立した祝日の代わりに、ヤロブアムは自分の宗教的な祭りを始めた。

だから、神様はヤロブアムのために長く続く家を建てなかった。むしろ、ヤロブアムの息子から、その国を取りました。

へブル人への手紙で、こう書いてあります。

信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。(11:6)

だから、私たちに、神様を信じるかどうか訊かなくてはならない。神様を信じないと、神様を喜ばせることができないです。

そして、神様を信じずに、自分の道を行ったら、それは罪です。

だから、C.S.ルイスはこう言った。罪の解決は良い行動をする事ではないです。罪の反対は良い行動をする事ではないです。

罪の反対は信仰です。だから、罪の赦しのために、神様が要求したのは、私たちがもう一度神様に信頼することです。その始まりは、イエス・キリストの十字架の働きを信じることです。

あなたはどうですか。信仰によって生きるでしょうか。もしくは、不信仰によって、生きるでしょうか。

広告

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: 列王記第一, 旧約聖書, 歴史書 パーマリンク

列王記第一12章25-33節ーー罪と言うのは。。。 への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 列王記第一15章25節ー16章34節ーー誰についていくでしょうか。 | 聖書を読み通す

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中