伝道者の書6章10節―7章4節ーーどうやって良いものを見つけられるか

伝道者の書の前半で、ソロモンは人生に何が空しいか説明しました。

でも、6章の後半から、ソロモンは批判者として話します。

彼は訊いた。「あなたはいろんなことが空しいと言いましたけどね。それなら、どうやって、私の人生の中で良いことが見つけられるでしょうか。あなたの言葉は私を全然助けてくれない。神様は私が無意味の人生を生きるために造りましたか。それなら、どうやって、私は神様と戦うでしょうか。私は死ぬ時に、どうやって、私が充実した人生を生きたかどうか、分かるでしょうか。(6:10-12)

だから、伝道者の書の最後の部分で、ソロモンは、その疑問に答えます。

でも7章の最初で、私たちはどうやって良いものが見つけらるかの秘訣を見つけらる。ソロモンは書いた。

1 。。。死の日は生まれる日にまさる。

2 祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれに心を留めるようになるからだ。

3 悲しみは笑いにまさる。顔の曇りによって心は良くなる。

4 知恵ある者の心は喪中の家に向き、愚かな者の心は楽しみの家に向く。

初めて読むと、かなり悲しいアドバイスみたいです。死について考えると、良いことが見つけられるでしょうか。それは本当でしょうか。ソロモンの言葉は一体どういう意味でしょうか。

もし、あなたが良いことを見つけたいなら、私たちの人生について正しく考えなくてはならない。つまり、私たちの人生は短いです。いつか、私たち皆は死にます。もし、それをいつも思い出したら、何が本当に大切か思い出します。

どれぐらい、私たちは葬式に行く時に、自分の人生がどこに行くか、また、何が大切か考え始めるでしょうか。

死に直面するときに、私たちが分かったのは、お金とか、持ち物とか、別に大切じゃないことです。むしろ、私たちが愛する人々は大切です。また、神様の御心に従うことは大切です。

死んでいる時に、だれも「もっと残業したら、いいのねえ。」と言わない。また、「パーティーにもっと行ったら、いいのにねえ。」と言うはずはない。また、「趣味をもっとしたら、良かったのにねぇ。」と言わないと思います。

むしろ、多くの人々はこう言います。

「家族ともっと時間を過ごしたら、いいのにねえ。」

「時間をそんなに捨てなかったら、良かったけどね。」

「本当に大切なことに焦点を当てたら、いいのにね。」

でも、どれぐらい、私たちは大切じゃなことに焦点を当てるでしょうか。

あなたはどうですか。あなたは今日死んだら、充実した人生を生きたと言えますか。大切なことに焦点を当てたと言えますか。

もしくは、あなたは「私の人生を捨てた。」と言わなくてはならないでしょうか。もし良い視点があれば、そういうこと言わない。

でも、あなたの視点はどうですか。

 

 

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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