第二サムエル記2章8-32–いつ戦うことを止めるべきか分かる事

私は頑固です。そのことを認める。そして、時々、喧嘩する時に私は思います。「こんなこと馬鹿げてる。なんで私は喧嘩しているんだろう。」

それにしても、私は諦めない。

でも、時々、喧嘩し続けることは価値がないです。もう止める方がいいです。

アサエルはダビデの甥だし、素晴らしい兵士だった。残念なことだけど、彼はいつ戦うことを止めるのがいいか分からなかった。

彼はサウルの息子イシュ・ボシェテの将軍アブネルをずっと追っていて、諦めていなかった。多分彼はアブネルを殺したら、ヒーローになれると思った。なぜなら、アブネルを殺したら、ダビデは、すぐに王になるから。

アブネルはアサエルを見ると、二回「もう諦めなさい」と言ったけど、アサエルは諦めなかった。だから、結局、アブネルは止まって、アサエルと戦って、彼を殺してしまった。

後で、アブネルは彼の民を集めて、アサエルのお兄さんヨアブに叫んだ。(ヨアブはアサエルのお兄さんだけではなくて、ダビデの将軍だった。)

いつまでも剣が人を滅ぼしてよいものか。その果ては、ひどいことになるのを知らないのか。いつになったら、兵士たちに、自分の兄弟を追うのをやめて帰れ、と命じるつもりか。(26)

アサエルと異なって、ヨアブはいつ戦うことを止めた方がいいか分かったから、彼は答えた。

神は生きておられる。もし、おまえが言いださなかったなら、確かに兵士たちは、あしたの朝まで、自分の兄弟たちを追うのをやめなかっただろう。(27)

そして、ヨアブは角笛を吹いて、その民は止まって、帰りました。

時々、私たちは喧嘩するときに、私たちは「この喧嘩をしても。私たちはますます怒っているし、互いに傷つけあっている。」と分かります。

その時、どうするでしょうか?喧嘩し続けるでしょうか。それとも、その喧嘩から立ち去るでしょうか。

もちろん、私たちが妥協せずに、その人と話し続けた方がいい時もある。

でも、時々、「私たちは同意できないから、この会話をもう止めようか」と言った方がいいです。

時々、私たちは同意しなくても、相手の意見に譲った方がいいです。

いつ話し続けた方がいいですか。いつその喧嘩を止めた方がいいですか。

自分に訊かなくてはならないのは、「結局、どっちの方がもっと悪い結果になるだろうか」ということです。

ただ、あなたのプライドが傷つくでしょうか。その場合、多分止めた方がいいです。

もし、相手の意見に譲ったら、相手かあなたを傷つけるでしょうか。そうだったら、譲ったらだめです。

どの喧嘩でも、多くの場合、もし、同意できないし、ますます怒ったら、とりあえず、その喧嘩を止めて、落ち着いた後で、もう一度話した方がいいです。

そうすれば、もっと論理的に考えられて、その話が、もっとスムーズに行きます。

いつ、喧嘩することを止めた方がいいか知っているでしょうか。

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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