第一サムエル記23章15-18–必要な時に、励ます言葉を与えること

本当の友達は神様からのギフトです。この箇所で、ダビデはその事が本当に分かるようになったと思います。

もう一度、サウル王がダビデを追っていることを聞いて、多分、ダビデは本当に疲れたと思います。ダビデは砂漠を超えたり、洞穴で隠れたりしたけど、サウルが諦めなかった。

ダビデは「神様は、本当に私と共にいるでしょうか。サムエルは私がイスラエルの王になると言ったけど、どうだろうね。もし、私が死んだら、無理だろう?」

でも、この時に、ヨナタンはダビデを探した。どうやって見つけたでしょうか。ヨナタンはサウルとその軍隊と一緒にいて、静かに出て、ダビデを見つけたか。もしくは、サウルはヨナタンがダビデを愛していると知っていたから、ヨナタンを宮殿に残したでしょうか。

私は分からないけど、サウルができないことは、ヨナタンができた。つまり、ダビデを見つけた。 ヨナタンはダビデを見つけた時に、ダビデが、疲れて、がっかりして、怖がっていることが分かった。でも、

ヨナタンは。。。神の御名によってダビデを力づけた。(15)

ヨナタンはダビデに言った。

恐れることはありません。私の父サウルの手があなたの身に及ぶことはないからです。あなたこそ、イスラエルの王となり、私はあなたの次に立つ者となるでしょう。私の父サウルもまた、そうなることを確かに知っているのです。(17)

ヨナタンがダビデのためにしたのと同じことを、私たちにも友達にして欲しいと神様は思っています。エペソ4:29で、こう書いてあります。

悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。

「人の徳を養うのに役立つ言葉を話しなさい。」私達の言葉は人々の徳を養うでしょうか。もしくは私たちの言葉は人々を崩すでしょうか。私たちはよく友達をからかう。大体、相手が傷つかないけど、時々その言葉は人の心を深く刺します。だから、 私たちが励ます言葉を使ったほうが良いと思わないでしょうか。

「必要な時に。」その時に、ダビデは本当にヨナタンの言葉が必要でした。私たちもヨナタンのように、他の人々を助けるべきです。

相手のニーズを見て、神様に「この人は何を聞くのが必要でしょうか。あなたはこの人に何を言いたいでしょうか」と訊くべきです。

「聞く人に恵みを与えなさい。」あなたの言葉は人々に恵みを与えるでしょうか。あなたの言葉は彼らを神様に近づけるギフトですか。あなたの言葉によって、彼らは神様の恵みと働きが見えますか。ヨナタンの言葉はダビデのためにそうした。

人の徳を養うのに役立つ言葉。必要な時に。聞く人に恵みを与える。あなたの口から、どのような言葉が出るでしょうか。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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