第一サムエル記16章1-13 – 神様が何のために見ること

時々、どうやって神様が人々を判断するのと、どうやって私たちが人々を判断するのと、全然違います。

イスラエルの新しい王を探すために、神様はサムエルをエッセイという人に送った。エッサイの長男を見た時に、サムエルは感動した。だけど、神様は言った。

彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。(7)

エッサイはもう六人の息子たちをサムエルに紹介したけど、神様が彼らを拒絶した。エッサイは末っ子ダビデが取るに足りない人だと思ったから、彼を紹介しようと全然思わなかった。

多分、エッサイはこう思った。「ダビデは末っ子だし、とても若いし、ただの羊飼いです。」

でも、サムエルは訊いた。「もう一人いないでしょうか。」

「はい、いますよ。末っ子ダビデがいるけど、別に特別な子じゃないです。ただの羊飼いです。本当に会いたいですか。」

でも、ダビデがそこに来た時に、神様は言った。

さあ、この者に油をそそげ。この者がそれだ。(12)

人間として、私たちは人々のうわべによって判断する。どんなにハンサムかによって判断する。もしくは、どんなに美しいかによって判断する。また、どんなに賢いかによって判断する。また、どんなに金持ちか判断する。また、どの程度まで才能があるかによって判断する。

でも、神様はその事を見ない。神様は私たちの心を見る。私が以前言ったように、すべての他のものよりも、神様はあなたの心が欲しいです。

あなたのうわべ、あなたの賢さ、あなたのお金によって周りの人々は感動するかもしれない。でも、神様はそれらを見ない。むしろ、神様はあなたを見て、訊きます。「私はあなたの心を持っているでしょうか。」

もし、神様があなたの心を持っているなら、あなたのうわべとか、あなたの才能とか、あなたのお金は全然かまいません。神様は自分の王国のためにあなたを用いることが出来るし、あなたを通して素晴らしいことが出来ます。

ダビデの家族は彼をずっと見落としたけど、神様は素晴らしい事をするために彼を用いた。ただの羊飼いだったのに。そのように、神様はあなたを用いることが出来る。

神様はあなたを見たら、何を見るでしょうか。神様に属する心を見るでしょうか。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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