第一サムエル記14章1-13 – 信仰を持って、一緒に立つこと

サウルの信仰は弱かったけど、その息子ヨナタンの信仰はとても強かった。ペリシテ人との戦いのときに、ヨナタンはその信仰を示した。サウルに何も言わずに、ヨナタンはペリシテ人の先陣の所に行った。多分、行く前に、ペリシテ人と戦う予定がなかったけど、着いたら、戦おうと思っていた。普通は、それは本当に馬鹿なアイディアだけど、ヨナタンの考え方が分かります。

彼は言った。

大人数によるのであっても、少人数によるのであっても、主がお救いになるのに妨げとなるものは何もない。(6)

ヨナタンに対しての忠実か、自分の信仰か、また、そのコンビネーションか、分からないけど、その道具持ちの若者は答えた。

何でも、あなたのお心のままにしてください。さあ、お進みください。私もいっしょにまいります。お心のままに。(7)

でも、行く前にプランを作りました。主が彼らと共にいたら、勝利が出来る事を知っていました。だから、神様が彼らを助けてくれる事を確認したかった。そういうわけで、ヨナタンは言った。

9 もしも彼らが、『おれたちがおまえらのところに行くまで、じっとしていろ』と言ったら、われわれはその場に立ちとどまり、彼らのところに上って行くまい。

10 もし彼らが、『おれたちのところに上って来い』と言えば、われわれは上って行こう。主が彼らをわれわれの手に渡されたのだから。これがわれわれへのしるしである。」

ペリシテ人たちが彼らを見たら、彼らは言った。

おれたちのところに上って来い。思い知らせてやる。(12)

だから、信仰をたっぷりと持って、ヨナタンと、その道具の持ちの若者は上がって、素晴らしい勝利が出来た。

この話から、二つの事を学べると思います。一つ目は、勝利が出来なさそうでも、信仰によって立つと、神様はあなたを通して素晴らしいことが出来ることです。でも、二つ目は、もし、あなたが他の人々と一緒に信仰によって立つと、もっと素晴らしいことができることです。

クリスチャンが一人で立つことは神様の理想じゃないです。神様は私たちが一緒に立つ事を望んでいる。

ある人は思います。「私には教会が要らない。私は一人でいいです。」

それはそうかもしれないけど、 一人で働くことは、他の人々と一緒に働くほど、神様の国のためにあまり出来ない。

だから、疑問は「私は一人でいいでしょうか」ではなくて、「他の人々と一緒に立つと、神様の国のためにどれぐらい出来るだろうか」ということです。

だから、決して忘れないでください。

信仰によって立つと、神様はあなたを通して素晴らしいことが出来る。でも、他の人々と一緒に信仰によって立つと、もっと素晴らしいことができる。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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